祖父と孫たち

次男家族が1泊2日で大阪から上京した。長男夫婦と次男家族(5人)と三男家族(3人)とで、西櫻亭(伊勢丹新宿)で3年ぶりの12人の大家族での楽しい時間を過ごした。

古稀の歳になって4人(男子1、女子3)の孫ができた。気持ちは若いがおじいさんだ。
孫たちを見ていると、祖父母に育てられた幼少の頃を思い出す。

祖父は明治15年生まれ、昭和45年9月に他界し、89歳の天寿を全うした。私が物心ついた頃は散髪店をやめていて、専ら菊作りに没頭していた。 祖母は明治20年生まれ。次男が誕生した昭和57年に他界。95歳の天寿を全うした。

祖父母は信仰心が厚く、毎朝の仏壇と神棚とお天道さまへのお参りは欠かすことはなかった。
特に、祖父はお不動さまへの信仰心は一際厚く、能登の長楽寺の山腹にお不動さまを建立することに後半生をかけた。
私もお不動さまの参道を祖父と定期的に掃除をしたことをよく覚えている。

私が保育所に通っているころだろう。冬、祖父と炬燵に入っている時、祖父はよく日露戦争の話をしてくれた。

日露戦争は明治37〜38年だったから祖父は22歳で徴兵された。それまでは北海道江差の大店で丁稚奉公をしていたらしいから、徴兵されて能登に帰り金沢の第九師団に入隊したのだろう。
旅順の二〇三高地での露軍との激戦のこと、血の川の水を飲んで生き延びたこと。馬上の乃木将軍を手を合わせて拝んだとか、露軍に奪われた軍旗を取り返し、その功績もあって金鵄勲章を受章したとか。 そして、いつも口癖は「ぼぅ(私のこと)、日本のために尽くす人間になるんだぞ。そのためには無学では何もできない。勉強せい。東大を目指せ」だった。

そんな祖父の想いに殆ど応えることはできていないが、これからの第二の生で少しでも祖父の想いに応えたいと思う。

私は孫たちに何を伝えたいのだろうか。一緒に住んでいないので、祖父のようなことはできない。しかし、実績とこのblogのような書いた言葉で私の生きざまを示すことはできるだろう。

生きるとは
生まれて生きる意味とは
哲学を持って生きることの大切さ
義理と人情を忘れない人になる
利己と利他
恕の心を持って生きること
敬天愛人
正々堂々たる人生
真っ直ぐに生きる人生
素直な心
明るく爽やかな人生

あと半世紀とは思うが、どうなることかこれは天のみぞ知ることだ。
次に生まれ変わるその瞬間まで、孫たちに恥じない生き方を貫きたいと思うものだ。

小林 博重

西櫻亭伊勢丹新宿で、孫とカメラに入る。

生前葬・出陣式のラストスパート

連休が明けると、6月4日の生前葬・出陣式まで1ヶ月を切る。ラストスパートのタイミングだ。

昨日は日本青年館で出陣式の打ち合わせをした。
1ヶ月前、ホテル側から「コロナ禍でもあり、卓10人のところ6人にしてほしい、増えても7人の卓は半数までにしてほしい」との要請があった。 20卓なので130人が上限だ。5月2日現在122人。予定通りだ。

今回、ホテルから「コロナが落ち着いているので、東京都からは卓8人までは可との連絡があった。今後のコロナの感染状況でどうなるか分からないが、140人を上限に進めていただいてもいい」との話があった。 また、開催の可否の締日を1ヶ月前から5月15日に繰り下げることの了承もいただいた。

連休明けから15日までは、ご出席予定の方から追加のお話しが来ることが考えられる。私の経験ではそれは毎度のことだ。
あと10人は増えると思われるから、それはありがたいお話しだ。

5月15日には出席者を決定させる。それから1週間かけて座席表を作成する。
22日にご出席予定の皆さんに最終のご案内と座席表をお送りしようと思う。
イベントの詳細については、今回のイベントを取り仕切っていただく了聞とankの皆さんと打ち合わせして詰めていくことになる。

私にとって、このイベントの位置付けは、今後定期的に開催するだろうOUEN塾やOUEN望年会のような「one of them」のイベントではない。 人生を二つに区切り、新たな人生の旅立ちとなる一大イベントなのだ。

昨日、了聞の馬形さんから、6月4日のその日は「最澄の命日」なのだとLINEをいただいた。

天台宗の開祖、伝教大師最澄は822年6月4日に入滅された。ちょうど今年が満1200年の年になる。
毎年、天台宗ではこの日に山家会(さんげえ)の法要が執り行われる。昨年は延暦寺で入滅後1200年の大遠忌法要が執り行われた。

死はこの世から旅立つことであり、即、次の世で誕生することでもある。その意味で、天寿を全うすることは、それはおめでたいことでもあるのだ。

伝教大師最澄の命日であり、次の世の誕生日である記念すべき日に、図らずも、私は生前葬と出陣式を執り行なうのだ。
私は何と運がいい人間だろうか。

神妙に、そして明るく楽しく、6月4日のイベントを開催したいと思う。

小林 博重

スーパーセンチナリアンを目指す。

日経新聞夕刊(4.30)[くらしナビ]に「110歳超高齢者に学ぶ長寿」という記事が載っていた。

人生100年時代と言われるが、110歳以上の「スーパーセンチナリアン」の対総人口割合は90万人に1人なんだとか。
私はそれにチャレンジしようとしている。これはギネスブックものだ。

慶應義塾大学医学部・百寿総合研究センターの新井康通教授によると、「スーパーセンチナリアンの最大の特徴は、100歳時点でも日常生活の自立が保たれており、百寿者の中でも特に『健康寿命』が長いことにある」のだと。

一つ、
認知機能が保たれていること。
高齢になっても認知機能が保たれている人ほど長生きの可能性が高い。

二つ、
心臓血管病になりにくいこと。
心臓の働きが悪くなると腎臓の機能も低下する。また、糖尿病や高血圧が適切に治療されずに腎臓が弱ると、心臓にも負担がかかる。

三つ、
フレイルになるのが遅いこと。
✴︎フレイルとは加齢に伴い歩行速度が落ちたり、疲れやすくなったりするなどして体が弱り、外出する気力も低下して心身の活力が衰えた状態のこと。

また、寿命に対する遺伝の影響は25%ほどで、75%は環境によるものだとか。
若い頃から学ぶ姿勢を持ち、社会に出てからも仕事で頭を働かせる習慣がある人は、認知機能が低下しにくくなる可能性が高い。

すなわち、長生きは後天的要因が大きいのだ。
①認知機能を低下させないこと
②血管を老化させないこと
③フレイルにならないこと

自分自身を振り返ってみる。

定期的なウォーキングや合氣道で身体活動を多くすることを心がけていることは長生きのためにはvery goodだろう。
さらに、OUEN Japanのビジネスマッチングとボランティアで「世のため人のため」と思って働くことで、心身一如、心身は一層、健康になる。

食事の面では、もう少し意識する必要があるだろう。
DHA(ドコサヘキサエン酸)やEPA(エイコサペンタエン酸)を摂取することを心がけよう。そして、タンパク質の適度な摂取も重要だ。 ✴︎DHAは、脳や神経組織の機能を高める働きがある。EPAは 、血栓をできにくくする血液サラサラ成分。いずれもサバやイワシなどの青魚に多く含まれる。

若い時は特に意識することもなく人生を謳歌することができた。無意注意で自動車を運転することができるようなものだ。
しかし、70歳以上の第ニの生ではそういうわけにはいかない。人一倍、心身のメンテナンスが必要だ。絶えず、全てのことに意を持って事に当たる「有意注意」でなければならない。

ふと浮かんだアイディアは、すぐ紙に書いておくことだ。すぐ、あれは何だったかなと忘れてしまう。ウォーキングする時は絶えず紙とペンを持参することだ。

昨日、補聴器の性能は全く問題がなかったとビックカメラから連絡があった。音の調整をしてもらって、早速、耳に装着した。
快適さを回復し、耳から新しい人生がスタートした気分だ。

体力の老化をそのまま受け入れることだ。まだまだ若いと見栄を張ってもいいことは何もない。何事も素直が一番だ。

この歳になってできないことは信頼できる「できる人」に頼むことだ。
努力して独りでできるようになることもいいと思うが、私はその道を選ばない。
信頼できる「できる人たち」が私の周りにたくさんいるからだ。コスパを考えて、「無理はよそうぜ。身体に悪い」ということだ。

それくらい年の功で賢くなった。
独りでできることよりも皆んなでできることはずっと大きいのだから。そのほうが皆んなが喜ぶこと、皆んなの幸せになるのだからと思う。

くだらない、全く意味のない自尊心なんかくそくらえだ。

小林 博重

70歳からが本当の人生だ。

小山悠子先生からいただいた「広岡達朗 人生の答え」(藤平信一著)を読んだ。

広岡さんは元巨人軍の名ショート、ヤクルトスワローズと西武ライオンズの監督を務め、チームを4度のリーグ優勝、3度の日本一に導いた稀代の名将だ。 今年2月に満90歳を迎えて今もなお矍鑠としていらっしゃる。
心身統一合氣道創始者の藤平光一先生に師事し、野球から人生全般に至るまでその哲学を実践されていらっしゃる。
その藤平光一先生は、天風会の創始者であり心身統一法を広めた中村天風翁に師事されたとか。
いわば、広岡達朗さんは中村天風翁の孫弟子ということだ。

広岡さんの一言一言には重みがある。実にその通りと腹に落ちる。

〜本当のことを学べるのは70歳から。それだけの力が人間には備わっている。それを知らずに死ぬのはもったいない。年齢を重ねることによって肉体の変化や精神の大切さも分かってくる〜

私もそのことは実感する。今までの70年は順風満帆だったり、七転八倒だったり、紆余曲折の人生だった。
そして、漸く古稀になって、人間の本質、すなわち「煩悩(欲望、妄念)」が少しは分かってきたようだ。

人間は性善だが性弱な生き物で、それだから性悪な心が頭をもたげてきてしまうのだ。そして、性悪にならないため、心身統一の修行があるのだ。

私は古稀を機に第一生を終え、第二生に生まれ変わる。それは私にとっては全く想定外のことではあったが、ありがたいことに天がそのように私をその道に誘導してくださったのだ。

肉体は変化し、青年のときのようなことはできなくなった。身体の至るところに支障が出てきて、薬や健康食品は手放せない。
しかし、自分の身体の変化を自覚することで、それまでに得た知恵を活かしてメンテナンスを徹底することによって、肉体を維持することができる。 そして、精神は純粋さと強かさ(健かさ)をアウフヘーベンして、高みへの階段を登っていく。

そのように導いてくださったのは、天か神か仏か。

このサムシンググレートに深く感謝するものである。

小林 博重

身体のメンテナンスを怠ること勿れ

連休の前半戦は日毎に天候が変わるが、今日は寒からず暑からず、爽やかな五月晴れだ。
痛風でご無沙汰していたが、久しぶりの2時間のフルウォーキングを楽しんだ。

昨日の午後は雨模様だったので、地下鉄で赤坂見附のビックカメラまで往復して、眼鏡売場で2本の丸型眼鏡を買い求めた。

丸坊主になったことを切っ掛けに、九州北部信用金庫協会の篠原専務は、「眼鏡は丸型が似合っている」とか「穏やかな顔つきになる」とか私に丸型眼鏡を勧めてくださっていた。 [OUEN→オウエン→オオエン→大円→丸型眼鏡]というわけだ。
生まれ変わって、できた人間になるには形から入ることも大事だということだろう。

また、先週、イノベーションソフトの黄社長と夕食をご一緒したおりに、「団長は丸い眼鏡が似合いますよ。個人的意見ですけれど」と言われ、LINEで「こんな眼鏡が似合うんじゃないか」とアドバイスもいただいた。

ちょうど今は「第一生と第二生のギャップタームの期間」でもあり、全てに亙り根っこから見直すことをしてもいいかなと思う気持ちもあって、丸型眼鏡を買い求めようと思ったわけだ。

せっかくビックカメラに行くから、この際、補聴器も修理に出そうかと思い、仕舞ってあって最近使っていなかった補聴器を持っていった。 もう5年前くらいになるだろうか。シーメンスの最高のものだったが、どうも違和感があって途中か
使わなくなった。どうしても、私が必要に迫られて買ったものではない。ある人から「団長は少し耳が遠くなったのではないか」と言われたことで、妻が買ってくれたものだった。

少し耳が遠くなったことは自覚していたが、私自身はさほど困っていたわけではなかった。違和感もそうだが、私が特に必要に迫られていたわけではないということが、使わなくなった理由なのだろうと思う。 しかし、その時からまた耳は遠くなったのだろう。ちょっと仕事に支障が出てきだした。

私は人と人をセッティングするビジネスマッチングが生業だ。商談の細かいところは分からなくてもいいということで、まぁいいかと思っていたのだが、それでも、セッティングした人たちが何を話しているのか分からないというのは問題だ。そして、少しストレスも溜まって来だした。これでは困る。

私は銀行の新入社員の時、ある女子社員に「小林さんとは内緒話ができない。内緒だと言って話しても事務所の反対まで聞こえる声になって内緒話にならない」と言われたことがある。
声が大きいのは地声で致し方ないが、今は耳が遠くなって声も大きくなるのだろう。地声に加えて耳が遠いことがさらに大声になるのだ。やはり、真面目に補聴器を着けようと思った。 持っている補聴器はちょっと聴こえづらい。
修理できるかどうか、再度買わなければならないか、というところで、その補聴器をビックカメラに預けてきた。

また、ここのところ、新宿のサンデンタルクリニックにも月に数度の頻度で通っている。
歯の磨き方だけではなく、インプラントは4本入っており、その手入れの仕方も厳しく指導を受けている。

内臓のチェックは定期検診と人間ドックで半年毎。そして、それに目と耳と歯のチェックが加わる。

古稀にもなると、身体の至るところが狂ってくる。
糖尿病、高血圧、高脂血症、痛風等、病気のデパートの様相を呈している。薬漬けに健康食品漬けだ。

気持ちは同年代とは一線を画していると自負しているが、身体は似たり寄ったり。
あと半世紀、現役を続けたいのであれば、身体あっての物種だ。手抜きせずに、メンテナンスに精を出そうと思う。

小林 博重

ギャップタームのGW

今日は「昭和の日」だ。昭和天皇のお誕生日である。
そして、令和4年のGWがスタートした。5月8日(日)までの10日間に亙る、まさにゴールデンウィークだ。

コロナ禍でもあり、GWと言っても私は特に平生と変わったことはない。
5月3日に息子たち家族との夕食会くらいだ。4人の孫たちに会うのが一番の楽しみだ。
そして、ウォーキングと読書を楽しみ、6月4日の生前葬・出陣式について、具体的に詰める時間を持つ10日間になるだろう。

私にはOUEN Japan という一生離れることのない子どもがいることもあって、人生の考え方は一般的な老人とは 大いに相違している。これが私の幸せな人生なのだ。特に気張ることもない。淡々と人生を送っているということだ。

コロナ禍ではあるが、生前葬・出陣式は是非開催したいと思う。
成り行きでこのイベントを開催することになったのだが、私の人生は、後先考えずに成り行き任せのところがある。
運がいいため、全て良い方向に進んでいるのだが、第二の生ではそれではいけない。
第二の生は与えられたミッションの達成に向かって真一文字に突き進むことでなくてはいけない。道草はできないのだ。
ケースバイケースで即断即決だったり熟慮断行だったり。70年間に学んだ知恵を如何なく発揮すること、バランス感覚を忘れないことだ。

私は、2月4日の立春に死んで生まれた。その葬式と誕生会を6月4日に執り行う。
この4ヶ月の空白期間は、いわゆる大学の秋入学の「ギャップターム」のようなものだ。そして、今はその空白期間だ。GWはギャップタームの真っ只中であり、じっくりと人生の来し方・行く末を考える期間にしたいと思う。

この世を去る瞬間に「いい人生だったな」と思って死ぬことができる人生を送りたい。「前のめりになって倒れておさらば」と仕事の最中に旅立ちたいと思う。 決して夢は見果てぬ夢に終わるだろう。それでいいのだ。見果てる夢など、そんな容易いものは夢でも何でもない。
きちんと後に続く後輩たちを育てて、その後輩たちに夢を託して旅立つのだ。

先日、福岡のおばあさんが119歳で亡くなった。世界最高齢だったと言う。119歳までお元気だったそうだ。私もそれにあやかりたいものだ。

120歳まで現役で、仕事の最中に前のめりに倒れて旅立つことを夢に見る。それを私の目標としよう。120歳現役は世界でも類がないだろう。そんなことでギネスに載りたいものだ。

小林 博重

棚卸しとしての生前葬・出陣式

生前葬・出陣式の出席者の締めを4月末にしている。土日はあるが、今日で殆ど出席をいただける方は確定するだろう。

現在のところ、メールか電話でご出席とご返事いただいた方は、当日サポートいただく方12名を含め、120名を越した。
今までの経験上、これからの半月で予定通りになるのではないかと思う。

最終、卓の着席者を130名が上限と考えている。5月10日頃には最終人数を確定させる。
確定後に、各卓の着席者を決めてご出席者にご連絡するのが5月下旬になるだろう。

年末のOUEN望年会をはじめとして、私が主催する会は150〜200名のご出席者をいただいている。
今回は、コロナ禍で人数が制限されたので130名を上限とした。

皆さんにお声掛けをすること、着席の卓を決めることは、人任せにはできない。私の大仕事だ。私しか全てのご出席者の属性を知っている人間はいないからだ(そのことからしても、私のビジネス&ボランティアは極めて属人的だ。私が元気で意欲旺盛であれば続くだろうが、そうでなくなれば霧散してしまう。これを如何に克服するか、これがこれからの課題である)。

この作業は約2ヶ月はかかる。年末の望年会も、お誘いのメールは10月半ばまでに発信している。今回も2ヶ月前の4月11日だった。

OUEN望年会はコロナで一昨年と昨年の2回開催していない。今回の生前葬・出陣式が2年半ぶりのイベントになる。

私はこのようなイベントを開催することで、私の人脈の棚卸しをしているのだと思う。

第一に、基本的には、高校や大学、銀行時代のビジネス抜きの人間関係の人たちだ。
勿論、ビジネスに絡むことはあるが、基本的にはビジネス抜きで付き合っている人たちだ。

第二に、ビジネスやボランティアで親密になった人たちだ。
勿論、温かい人間関係があることが私のビジネス&ボランティアの基本である。その濃淡はある。どんどん濃くなる人。少しずつ薄れていく人。その濃淡の綾が日々変わっていく。
長続きして、第一のビジネス抜きの人間関係レベルまで行くことが理想だが、全てはそうならない。人間だから、心があるから、そうはならない。それが人間らしくて面白いところだ。

平生も無意にしているのだろうが、イベントでの棚卸しをするとそれが顕在化して、これからの私の進んでいく方向性が明確になるように思う。 私が「人と人をつなぐこと」を生業にしているから、特にそうなのだろう。

「来る者は拒まず」と言っても誰でもいいというわけではない。心が清い人でなくては。人間には濃淡があるから、その心の清さによって距離感を考えることだ。 また、「去る者は追わず」はそれでいい。去っていく人とは少しずつフェードアウトしていけばいい。
残念ながら、中には、私から縁を切りたい人もいる。それもごく自然体で。「争わざる理」だ。

「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」と言われるが、たとえ私のような愚者でも70年の経験に学んできたのだ。少しは賢くなる。

第二の生をスタートするにあたり、それまで学んだ経験を生かして、心温かく、燃える闘志を持って人生を生きていきたいと思う。

小林 博重

丸坊主のポートレート

昨日、崔珉徑さん(ミンちゃん)のスタジオでポートレートを撮ってもらった。1時間の彼女との自由気儘の対話の中で、私の個性を上手に切り取って撮してくれた。 この前は丸坊主になる直前だったので、今回が丸坊主での最初のポートレートだ。

みんな誰彼となく、私には丸坊主が一番似合うと言ってくれる。そして、ミンちゃんは私が50歳にしか見えないと言う。
妻は「ミンちゃんはお世辞が上手くなったね」と笑う。

また、今夜、夕食を共にした黄英蘭さん(イノベーションソフト社長)は「団長は、50歳は言い過ぎとしても10歳は若く見えますよ。そして顔は穏やかで優しくなったのではないですか」と嬉しいことを言ってくださる。

それもそうだ。2ヶ月前の2月4日の立春の日に転んで生まれ変わったのだから、まだよちよち歩きもできない赤ん坊だ。これからが新しい人生、実りの秋だから気持ちは若いし、70年のそれなりの人生のキャリアを積んでいるから、下駄を履いて少しは賢くなっている。

丸坊主で出家僧になったのだから、その名に恥じない人生を送りたいものだと心からそう思う。

小林 博重

争わざるの理

人と人との間を取り持つことを生業としていると、自ずから「人の人間性について洞察が深く」なるようになる。一般的に何でもないことでやり過ごすことが、私にはとても重要なことのように思うのだ。

それは全ての人は自己中心的に生きているということだ。私もその一人ではあるが、私の自己中は、その極みを目指しているというところが違うと自己認識している。まだまだその入り口ではあるが、それを極めようと日々努力しているのだ。

どういうことか。
それは「利己の極みは利他である」ということだ。
利己と利他は両極端で、一番遠いところにあると思われているがさにあらず。
実は「利己の極みは利他」ということなのだ。殆どの人が中途半端な利己で生きているから、利他はえらい遠いところにあると思っているのだろうが、利己を極めれば利他になるのだ。利己と利他の関係は「ぐるっと廻る円」の関係なのだ。利己の行き着く先は利他ということになる。

小さな約束を破る人がいる。小さなことだから、大勢に影響はないようで、そのような人には肝心要な仕事を任せるわけにはいかない。
また、忙しさに託けてこちらがお願いした、これも小さなお願いを無視する人がいる。どうということはないようで、私はこのような人に仕事を任せようとは思わない。OUEN Companyの皆さんを紹介しようとは思わない。

ほんの些細な小さなことから人間性は垣間見えるのだ。
くわばらくわばら。

心身統一合氣道の教えの中に「争わざるの理」がある。
「真の成功の道は、争わざるの理、すなわち、平和への道と全く同一の道」と説いている。

全ての人が「顧客満足」「顧客感動」の精神を持ってビジネスをすれば、それは言うことはないが、そうでない人が少なからずいるのが現実である。 その人たちの中には「人が好い」善人もいる。その善人たちとそれなりの距離感を持って付き合っていくことだ。争ってもいいことは何もない。

齢70にして、第二の生を生きるにあたり、第一の生で学んだことを生かし、もっと「賢く生きる知恵」を身につけたいと思う。

小林 博重

人それぞれの『幸せ』

4月9日に発症した痛風は薬の服用で何とか治まってきた。
30年来、尿酸値を下げる薬は欠かさず飲んでいるのだが、「喉元過ぎれば熱さを忘れる」の諺通り、痛風に良くないお酒と魚卵やイカ・タコ・ウニに目がない私にとって食事療法はなかなか長続きがしない。特に福岡や金沢の出張はそれに拍車をかける。よく30年間発症しなかったものだと思う。

古稀を区切りに生まれ変わる時に発症したということは、大いに意味があるのだろう。
この際、今までの人生の経験を肥やしにして、真っ新な気持ちで生きていけということなのだろう。そして、剃髪をして出家僧になり、七転八倒の70年を肥やしにして、青春の心意気で生きよ、ということだ。

昨日は、痛風も癒えたことだし、午前中は曇りだったこともあり、八丁堀のエビサン整体院まで1時間20分かけてウォーキングをした。約12千歩だ。 日は出ていないし、ウォーキングにはピッタリの気候だった。ちょっと早足で歩いたせいもあり、じわっと汗ばむ。しかし、丸坊主の頭は汗びっしょりになった。

海老原院長に言わせれば、頭には汗腺が多いのだとか。
「頭寒足熱」と言う言葉がある。頭を冷たく冷やし、足を暖かくする。これは健康にいいのだと。私は父からも同じことを言われた。

人間の身体はよくできている。健康のために頭に汗腺が多いのだろう。汗で頭を冷やすのだ。
剃髪してみて、そのことがストレートに分かる。やはり髪の毛は煩悩だと思う。煩悩は人の心を隠す。仏様は、剃髪することで「嘘偽りのない心で、身に起こること全ての本質を志向せよと教えていらっしゃるのだ。

今週で4月も終わり、GWが始まる。
次男家族は5月3〜4日の1泊2日で大阪から来る。5月3日には長男夫婦と三男家族も合流して西櫻亭で夕食のひと時を持つ。
孫たちに会うのは3年振りだ。私は仕事が生きがいのところがあるので、孫たちに会うことにそれほど執着はしていないが、妻は喜び一入だろう。

私のGWの残り全ての時間は、事務所での読書三昧と毎日のウォーキングだ。これが私の一番の楽しみになっている。

いろいろな幸せの様相がある。私はこのようにお金がかからない幸せだが、全く別のところにお金がかかる。それが私の趣味でもあるのだろうが、趣味で後半生を生きることは幸せなことだ。それが世のため人のためになることなら尚更だ。

小林 博重