富山の薬売りの『七楽の教え』

2週間ぶりの北陸出張だ。北陸新幹線ができて「特急かがやき」で東京から金沢までが2時間半、富山までが2時間10分。北陸新幹線ができる前までは、新幹線と在来線で米原や長岡で乗り継ぎでは早くて5時間はかかっていたから、それと比べれば半分の時間に短縮された。
昨日は朝が早かったので新幹線に乗ってすぐ寝入った。大宮までしか覚えていない。目が覚めたのが富山に着く少し手前だった。本当に北陸は近くなった。

今回の北陸出張は、OUEN塾の報告だが、もう一つの目的は”電力ロス削減の『エコモ』を北陸のOUEN Companyにご紹介することだ。そのため、グラシアスの齋藤さんと池田さんが同行した。

富山駅には竹原工務店の竹原社長が迎えに来てくださった。2日間運転手を兼ねて紹介企業に連れて行ってくださる。

2週間前の富山ではお昼は富山名物「ブラックラーメン」だったが、昨日は野菜たっぷりの「8番ラーメン」だ。
このラーメンは金沢が本店。国道8号線沿いを中心にラーメン店を展開している。金沢ではよく食べていたが、富山では初めてだ。懐かしかった。

富山県トラックの吉澤社長、庄川温泉郷三楽園の坂井社長を訪問した。吉澤社長は竹原さんのご友人、坂井社長は竹原さんのご友人のソニー生命の田原さんがお親しいことで、ご紹介に預かったものだ。私が直接ではない。

いくら私が人脈の中で生きていると言っても、その”人脈”の意味は全てが直接ではない。いくら何でも直接は限りがある。私の人脈は”友だちの友だちは皆友だち”が合言葉なのだ。そうすれば、人脈はどんどん拡がっていき際限がない。実に簡単で単純なことだ。

吉澤社長も坂井社長もそれぞれ1時間以上に亙りグラシアスのプレゼンに耳を傾けて下さった。前向きにご検討いただけるようだ。これもご紹介いだだいた竹原社長や田原さんがお二人に信頼していただいているからだ。まさに”類は友を呼ぶ”の諺が当てはまる。ありがたいことだ。

ビジネスの拡大はまずは点をつくること、そして、それを面にまで拡げていくことだ。燎原の火のように拡がっていけばあとは楽楽だ。

“楽楽”で富山の薬売りの「七楽の教え」を思い出した。それは「楽すれば楽が邪魔して楽ならず。楽せぬ楽が、はるか楽楽」と言うものだ。
置き薬で有名な富山の薬売り商人が代々伝えてきた言葉だそうで、今も富山の人たちの心の一つになっている言葉だとか。

この言葉の中には7つの楽がある。その意味は、楽をしようと思って楽をすると楽はできない。反対に楽をしようとせず楽しんで努力して物事に取り組むほうが後々楽になるということだ。

素晴らしい人生を送るには、人が楽をしたいと思う時に楽をしないで楽しく働くことで、後々の人生は楽しく素晴らしいものになると言うこと。富山の薬売りらしい”働く意味を説いた教え”だ。

私が思うところは、悠々自適な人生は決して素晴らしい人生とは言えない。
生涯現役で世のため人のために生きる人生こそ素晴らしい人生なのだ。生涯に亙り現役を続けていくためには健康に留意することだ。前のめりになって働いて倒れて次の世に旅立つ人生を送りたいと思う。

皆さんとお会いしていろいろなお話しを聞きヒントをいただいた。そして、この人に連絡してみよう。この人も同じニーズを持っているだろう。この人に会うともっと人脈は拡がるだろう。そんなことで頭に浮かんだ人たちにコンタクトを取りアポイントを入れる。そんなことは人にお会いして話をしないと思い浮かばない。
やはり、リアルで会うことが肝心要なことだ。Webはあくまでもそれを補うものでしかない。少なくとも人脈を拡げる点ではそのことは真実だ。

不動院重陽博愛居士
(俗名 小林 博重)

私の地域創生は「ふるさと能登」から、

今日(9.26)から29日まで、3泊4日で北陸(富山、金沢、能登、加賀)に出張する。宿泊はいつものドーミーイン(富山と金沢)だ。ドーミーインは全て温泉があるので、私にとって出張はグリコのおまけよろしく、ビジネスではあるが、リラックスした息抜きを兼ねている。

北陸、特に能登は私が生まれた土地であり、中学生までしか住まなかったが、思い出深い「ふるさと」である。
日本海に突き出ている能登半島は今は観光地として知れ渡っているが、私が幼少の頃は農業と漁業で生計を立てていた貧しい地域だった。半農半漁は貧農貧漁であり、口が裂けても豊かな生活には程遠かった。それは今も変わらない。若者は関西や関東に出かけ、口下手でも肉体で勝負できる豆腐屋や風呂屋で生業を立てていた。

私も、東京で一旗揚げてふるさとに錦を飾ることを夢見て東大を受験した。しかしまだ、古稀の歳になってもうだつが上がらない自分を情けなく思うが、まだまだこれからだとの想いがあることがせめてもの救いだ。 だから、第2の生はあと半世紀、生涯現役でふるさと能登のために尽くしたいとの思いは一際強いものがある。

稲盛さんは「思わなければ実現しない。思えば必ず叶う」と仰っている。まずは想うこと、想えば知恵も湧いてくる。人もついてきてくれる。どんどん応援団も増えてくる。 これからが私の稲盛哲学を実践する時だ。これからがほんとの応援人生だと思う。そう思うことで生きていくことだ。

地域創生が私の第2の生のミッションだ。私は渦をつくり、渦の中心になってこのミッションを果たしたいと思う。
私は一匹狼だが、つくった渦のリーダーであり、調整役だ。たくさんの人たちを巻き込んでミッションを果たす。1人では何もできないから多くの人を巻き込まないとミッションは果たすことができない。 OUEN Companyの皆さんや学生たちはその仲間だ。彼らが渦の中に入ってきてくれて、協働したり応援してくれることによって地域創生を果たすことができる。

そのベースづくりのためにも、OUEN Company の皆さんを応援しなければならないし、学生たちを応援しなければならない。 そして、地域に住んでいる人たちが中心となって、私は、OUEN Companyの皆さんと学生たちと協働して、地域を元気にしていくのだ。 どこまでできるか、まずは私のふるさと能登からスタートしよう。

不動院重陽博愛居士
(俗名 小林 博重)

営業の基本

ウォーキングをしながらいろいろなことを考える。ウォーキングコースは動く書斎だ。

今朝は、皇居一周コースの予定だったが、たまたま青山通りの信号が青に変わったのでコースを変えて靖國神社コースにした。
人生もそんなものだ。たまたま出会った人や出合った出来事で予想もしなかった道に進むことがある。それも天の采配と思うことだ。人生は人智では計ることができないことが間々ある。全ての身に起こることを素直に受け止め前向きに考えることで、ストレスのない幸せな人生を送ることができるのだと私は思っている。

私は、人と人をつなぐビジネスマッチング、そしてビジネスマッチングから拡げて3者以上のコラボレーションにまで持っていくことを生業にしている(このビジネスは広い意味でのビジネスでありボランティアを含んでいる)。

人と人をつなぐことは、単に人と人の出会いをつくるだけではない。その先の成果に至らなければ私の生業を果たしたことにはならない。
この仕事をしていて思うことは、せっかくお引き会わせしたにも関わらず、相手からの連絡を待っているだけで何も行動を起こさない人が少なからずいるということだ。相手が積極的にアプローチしてくることを待っている。私がビジネスの段取りをしてくれると思っているのだろうか。
人によっては、こちらから積極的にアプローチしているようなのだが、私に何も知らせてこない人もいる。メールで私にCCでもBCCでも入れればいいと思うが、気がきかないというのか、人の使い方を知らないというのか。 私に言わせればいずれも営業パーソン失格だ。まだ若いと言うことか、人間通でないと言うことだろう。
勿論、私の人脈だから成約のため、側面支援はタイムリーにすることは当然なことだ。

私は顧問的な立ち位置であるから、私が彼らをきちんと指導すべきなのかも知れない。

つくづく営業は人好きでなければ好成績を上げられないと思う。その人が人誑しくらいの人好きなら最高の営業パーソンになるだろうと思う。

こんなことを考えながら、今朝の2時間ウォーキングを楽しんでいた。

不動院重陽博愛居士
(俗名 小林 博重)

究極の利己を追求して『利他』に辿り着きたい。

稲盛和夫さんが逝去されてから稲盛さんのことが脳裏から離れない。
私の人生を180度変えて下さった方だから無理もない。

9月のシルバーウィークは2回とも台風の到来でウォーキングもできず、稲盛さんのご本を中心に読書に明け暮れた(今日は久しぶりの秋晴れとかで、皇居一周の2時間ウォーキングを楽しもうと思う。帰りに日本橋丸善に立ち寄り、稲盛さんの『経営12カ条』を買い求めよう)。

稲盛さんのご本、『生き方』『心。』『考え方』を一気通貫に再読した。
何度も何度も読んで稲盛哲学を頭に叩き込む。同じことを繰り返すことで少しずつ血肉になっていくだろう。そして、それを私のビジネス&ボランティアで実行に移すのだ。 勿論、私は稲盛さんではないし、”経営の神様”とも呼ばれた稲盛さんの足元にもたどり着いていないから、真似をすることなど恐れ多いしできもしない。 私の器で稲盛哲学を血肉にして実行していくのだ。そして、私の『応援(OUEN)哲学』を確立していく。あと半世紀と思うがどうなることやら。 前向きに、前のめりになって、仕事(ビジネス&ボランティア)をする。生涯現役で仕事をし続ける。そのため、今まで以上に健康には留意することだ。

稲盛哲学は一言で言えば、『利他の心』だ。「人間として何が正しいのか」を座標軸に、そこから全てを判断することが大切だということ。常に「これでいいのだろうか」と自戒し努力することだ。

思い遣りの心、恕の心を持つこと。人の心を大切にすること。そうすれば、何事も思うようになってくる。人のために尽くすことで人が「あなたのおかげです」と言ってくれることが私の幸せになる。必ず物心両面でお返しが来る。 私が考えるに、利他は究極の利己だ。利他行を行なうことで自分は幸せになる。
人は何のために生きるのか。人は幸せになるために生きている。人のために尽くすことが自分が幸せになることであり、それは究極の利己なのだ。

稲盛さんの『利他の心』の領域には私はまだまだ到達していない。人間は利己的な動物だから、利己を極めることは自然にできる。
だから利己を極めて利他にたどり着くことは、私が無理せず自然にできる行為なのだ。
と、理屈っぽい私はそう考える。

『利他の心』までは千里の道であり辿り着くまでには迂遠ではあるが、私は「利己を極める」ことで少しでも利他に近づきたいと思う。

不動院重陽博愛居士
(俗名 小林 博重)

コスパを重視したOUEN活動をする。

早いもので、平成26年に(2014年)にOUEN Japan を設立してから8年半が経った。
このNPOの目的は、①「日本に学ぶ日本人大学生・来日留学生の応援団」だが、今はそれに加えて、彼らを応援してくださる②「企業の皆さん(OUEN Company)の応援団」、そして学生たちとOUEN Companyの皆さんとで協働して、私たちが住み、働き、学ぶ、③「地域を創生する地域の応援団」になることだ。

コロナ禍で、①の大学を通して学生たちを集めることが難しくなっている。来年から何とか再開したいと思っている。それまでは、②と③に全力投球だ。
OUEN Companyは首都圏、関西圏、九州北部、北陸が中心だ。それで、出張は、関西、九州北部と北陸が中心になっている。勿論、OUEN Companyを応援するため、それ以外の地域にも出張している。

多くのOUEN Company の皆さんからビジネスマッチングサポートの依頼があるが、私の身体は一つしかない。お手伝いしようとの思いはあるが、皆さんを均等に応援することにはどうしても無理がある。虻蜂取らずになっては何をしているか分からない。しかしできるだけご要請にお応えしたいと思う。 そんなことで、メリハリをつけることと多くのご要請にお応えしたいこととの両立で悩んでいた。どうしたらコスパを高めることができるだろうか。

多くのOUEN Companyの皆さんがお困りのテーマで、皆さんにアプローチできて、それがきっかけでその他のご要請に応えることができたら高いコスパにつながる。

私のビジネスはコンサルティングのような頭脳を使った高等なものではない。人と人をつなぐことだけだ。
いつも稲盛さんが経営者たちに仰っていた「売上を最大に、経費を最小に」が経営の基本である。
私は企業の経費削減をテーマにして、それに応えられる商材をOUEN Companyに紹介することだ。その中でも殆どの企業の皆さんに関係することがベストだ。それは何だろうか。

特に生前葬&出陣式の後、さまざまな企業の皆さんが訪ねていらっしゃる。
その多くが昨今の電気料金急騰のこともあり、電気料金削減商材なのだ。ピンキリで眉唾の話もある。何でもいいから紹介するというものではない。私の紹介責任に関わってくる。 そんなことで、整理整頓して、いくつかの商材をOUE Company の皆さんにご紹介することにした。
それがきっかけでその他の商材・サービスへの拡がりにもつなげたいと思う。

自分の得意技を磨き磨いてそれをフルに生かすことだ。そして、人のために尽くすことだ。そうすれば、友だちの友だちは皆友だちであるからどんどん拡がってくる。そうすれば、OUEN Company はどんどん拡がってくる。OUEN塾にも多くのOUE Companyの皆さんが集まってきてくださる。そして、皆んなの住み、働き、学ぶ、地域はどんどん元気になってくる。

これからは本腰を入れて稲盛哲学を実践しなければならない。「あと50年ある」と悠長なことを言っていてはいけない。明日の命かもしれないのだから。

不動院重陽博愛居士
(俗名 小林 博重)

女性は「太陽」であり「大地」である。

台風一過、急に秋めいてきた。昨日は10月中旬の気温というから、秋の初めを飛ばしてすぐ中旬になったということか。
猛暑・酷暑の夏から秋真っ只中で、昨今の秋は実に短い。

私の人生も今は秋。その入り口だ。中国五行思想では、人生は玄冬〜青春〜朱夏を経て、締めくくりの白秋に至るというが、私の白秋は地球温暖化には逆らって長く、50年の半世紀と想定しよう。そして、じっくり、地道に、一歩一歩前進することで、楽しみながら、幸せな、実りの秋にしていこうと思う。

「賢女の会」を改めて「重陽の会」へ

まさに「賢女」の皆さんが、陽のエネルギーを重ね重ねていくこと(重陽)によって、世の中に陽のエネルギーを満ち溢れさせる。そして、少しずつではあるが世の中を変えていく。

それは千里の道の一歩ずつかもしれないが、その積み重ねが大切なのだ。その行為の少しずつの積み重ねで。自分も変わり世の中も変わっていくのだ。積み重ねていくことで人間は賢く強く逞しく成長していく。まさに”継続は力なり”だ。、

何を思って「重陽の会」を立ち上げることになったのか。
私はそんなに先を見通すことができる千里眼の持ち主ではない。気の赴くまま、お世話になっている「賢女」の皆さんのお顔を思い浮かべながら、「楽しく自然体で、お互いが切磋琢磨する、これからの時代をつくっていく、真に賢女の名に相応しいEQが高い女性たち」の会ができたらいいなとの想いからだ。

11月8日までまだ1ヶ月以上ある。まだ助走期間であるが、彼女たちとのやり取り(LINEやメール、電話等)で、その人間性の温かさや本音をそのまま感じている。 皆んな、一生懸命生きている。真っ直ぐに素直に生きようとして、悩みながらも、人間としての本筋を外すまいとの強い思いで、人生と闘っている。
その姿勢を垣間見ることで、私はとても勇気をいただくのだ。私ももっと真摯に生きていこう、真っ直ぐ、素直に、人の心に思いを致すことができる”恕の心”を持って生きていこうと思うのだ。

彼女たちの人生を生きることの真摯さは、おそらく男の比ではないだろう。やはり女性なのだ。生きとし生けるもの皆が天地の恵みの中で生きている、その太陽や大地は”母”に喩えられるように、母(女性)は偉大なのだ。素直で美しい心根を持っている。大きく人を包み込む。

男は義理人情、任侠の世界に生きているというが、それは母の守りがあってのことだ。男は女性の掌の上で、「我こそは」と思って気張って生きている。

温かく、大きく、美しく、素直に、真っ直ぐに、人のために、世のために、は女性から学ぼう。
そんな『重陽の会』になったらいいなと思う。

不動院重陽博愛居士
(俗名 小林 博重)

素晴らしい友との出会い

Avinton ジャパン社長の中瀬幸子さんにタカハタプレシジョンの片岡社長をご紹介いただいた。
私がOUEN Companyの1社であるグラシアスのエコビジネスをサポートしており、昨今の電気料金の急騰もあって電力を大量に使用している会社をご紹介しているのだとお話ししたことで、同社をご紹介いただいたものだ。

タカハタグループは、高精度な金型設計、金型製造、精密測定およびその成形技術を軸に、自動車関連部品やデジタル機器、光学機器、住宅設備機器、計量器、医療機器など様々な製品・サービスをグローバルに提供している。
本社は西新宿。山梨県笛吹市にラボがあり、この工場では業種柄、大量の電力を使用している。

昨日、グラシアスの齋藤さん同行で同社を訪問し、プレゼンの機会を頂戴した。中瀬社長もご多忙の中、ご同席いただいた。
同社片岡社長、西東常務の他、山梨工場の責任者の方もWebで参加いただき、前向きにご検討いただけるお話しになった。ありがたいことだ。

このようなご対応をいただけたことは、勿論、プレゼンした商材に魅力があることもあるだろうが、中瀬社長と同社の信頼ある繋がりがあってのことだ。

考えてみると、中瀬さんと初めてお目にかかったのは8月29日のことだから、まだ1ヶ月も経っていない。大学の後輩である竹本さんと私の事務所にいらして、青山グランドホテルのKAWAKAMI-ANで懇親の席を持っていろいろお話ししたことから、このようなご紹介をいただくことになった。
私も中瀬さんのご依頼で来月には福岡女子大学をご紹介し同行出張をするのだが、つくづく縁とは不思議なものだと思う。いや、不思議ではなく必然なのかもしれない。
“類は友を呼ぶ”の諺通り、同じ心根の人と会うべき時に会うことは必然なのだ。”全て良かれかし”という「宇宙に流れている大流」に沿って生きることで、同じ心根の人と会うことができるのだ。

まずは、こちらから好球を投げることだ。私はそれをモットーにビジネス=ボランティアをしているが、このように私に先んじて好球を投げていただくと、私はそれ以上の好球を投げたくなる。人間関係は合わせ鏡のようなものだから、それが人情というものだ。

中瀬さんは私の娘のような年齢、若干35歳にも関わらず、100名を超す社員を束ねている若い社長だ。謙虚と感謝が歩いているような人。真っ直ぐでまるで外連味がない。11月8日に立ち上げる『重陽の会』にお誘いし、快くご出席いただくことになった。ありがたい限りだ。

“友だちの友だちは皆友だち”
素晴らしい友だちを沢山つくって素晴らしい人生を送りたいものだ。

不動院重陽博愛居士
(俗名 小林 博重)

人間の原点=人は人のために生きる

昨日はボランタリーチェーン【Be CON.chain】の堀理事長(恵巧建設社長)を西武信用金庫髙橋理事長にお引き合わせした。
堀さんは元盛和塾京都の代表世話人。二人とも稲盛和夫さんを私淑しており、特に堀さんは盛和塾のお膝元の京都で代表世話人をされていた。いつも稲盛さんの謦咳に接しておられ「如何に人生を生きていくか。その生き方は自分だけが良かれとする利己ではないのか」と厳しい指導を受けていらした。恐れ多く羨ましいことだ。

やはり盛和塾で学び、生き方を共にする仲間は、何を話しても「一を聞いて十を知る」心が通じ合う朋友である。
私は堀さんの想いを受けて、私ができることは全身全霊をかけてお手伝いしたいと思っている。その想いがあって、信用金庫の精神を具現化している西武信用金庫の髙橋理事長とセッティングした。

Be CON.の想いは全国の中小の地元建設会社やハウスビルダーに会員になっていただき、コンテナ建設を大手中堅のゼネコンに対抗する武器として、ボランタリーチェーンのBe CON.が提供するというものだ。 そのためには中小企業の発展育成を真摯に考え実行している西武信用金庫のお力をお借りすることではないかと思ったのだ。
髙橋理事長は即座にご対応いただき、昨日の内に宇佐美執行役員事業支援部長をご紹介してくださった。素晴らしいくありがたいことだ。

また、髙橋理事長から、同金庫が主催する22回「ビジネスフェア」〜持続可能な未来〜のご紹介があった。11月15日に、渋谷ヒカリエで開催される。 障がい者雇用、脱炭素支援、DX支援、承継支援等、協同組合である信用金庫の本来の在り方を具現化している。素晴らしい信用金庫だ。

私の愛娘である安藤裕美さん(日欧フーズ副社長)も女性後継者をつなげる輪「SEIBU LADY LINK」にお誘いを受け、会員に入れていただいた。当日は「女性後継者の会」のパネルディスカッションもある。そんなことで、私も出かけようと思っている。堀さんも京都から参加したいとのことだ。

絶えず信用金庫が誕生した原点に立ち戻ることは信用金庫が正しく成長発展していくことにつながる。
盛和塾で稲盛さんが私たちに説かれたことは、「人間の原点に立ち戻って考え行動する」ことだということではないかと思う。

その原点とは「人は人のために生きる」ことなのだ。それが人が一番幸せになるということ。自分だけではなく仲間たちも。皆んなかが幸せになること。 人のために尽くすと、必ず自分に返ってくる。これは宇宙の真理だと、私は70年生きてきて、そのことをやっと実感するようになった。 稲盛さんは「古稀になってやっとそう思うようになったのか」と仰るのだろうが、だからこそ私は120歳まで生きて、想いを形にしたいと思うのだ。

昨夜は、石川県の後輩で私の息子の年代の東政宏さん(野原産業)を交えて、3人で最近贔屓にしている『青山のKAWAKAMI-AN(川上庵)』で、会食の時間を持った。実に有意義な会になった。

ビジネスのベースには人の心がなければならない。それはなかなか言葉では表すことができない。第六感のようなものだ。ある意味では侠客の世界だ。義理人情の世界だ。 男の世界のようだが、実はその逆で、奥ゆかしい「賢女」の世界なのかもしれない。

そんなことを思いながら、気持ちよく床に就いた。そして、久しぶりに5時まで快眠することができた。

不動院重陽博愛居士
(俗名 小林 博重)

袖振り合う縁をも生かす大才になりたいものだ。

今日は5時前まで床に伏せっていた。台風14号が首都圏に最も近づくのは本日午前であり、たとえ自宅から事務所まで徒歩2分とは言っても、雨風で儘ならないことになるだろうと思ったからだ。

実際はそうではなかった。5時過ぎには雨風は止んでおり、傘も差さないで事務所に行くことができた。とは、言っても結果オーライであり、何事も最悪のことが起こるかもしれないとその準備は万全にしておくことが必須である。

昨日は、稲盛和夫さんのベストセラー『生き方』を再読した。妻には「読んでみたら」と、一昨日に再読した『成功と失敗の法則』を渡した。

私が稲盛さんにお会いしたのが、安田信託銀行時代、40代前半、札幌支店から本店営業部に転勤して、ベンチャービジネスを中心とした事業法人の新規開拓営業をしている時だった。

親しくなったオーナー社長たちの中で盛和塾の塾生が一人ならずいらした。彼らが言うには「小林さんは銀行員には向いていないのではないか。一度、私たちが入っている稲盛和夫さんが塾長をされている『盛和塾』にオブザーバー参加してみたらいい。人生が180度変わりますよ」と。

盛和塾は中小企業の経営者や二代目の次期社長が塾生だ。私のようなサラリーマンは塾生になることができない。しかし、稲盛和夫さんのご高名はかねてから存じており、その人間的魅力や迫力は松下幸之助さんに匹敵するものだ。そして、その謦咳に接してみたいものだと常々思っていた。

そんなことで、稲盛さんが東京の盛和塾にいらっしゃる時に参加させていただいた。このことが私の人生を180度変えてしまったのだ。コペルニクス的転回だ。

勿論、すぐ安田信託銀行を辞めたわけではない。日本の金融機関には金融自由化の荒波が押し寄せており、大手都銀といえども、その生き残りに四苦八苦していた。

金融自由化になると、信託銀行独自の信託機能はどの金融機関も扱うことができるようになる。そんな中で皆、縮こまり、安田信託らしい自由闊達な社風は失われつつあった。それではいけないことは分かっている。しかし、一サラリーマンの私の力では如何ともし難い。

銀行に留まって再生を目指すことよりも、私は銀行を飛び出して思う存分、私の個性を発揮することを選択した。稲盛さんとの出会いがそのきっかけになったのだ。

出会いとは不思議なものだ。それによって人生が180度変わることがある。私は人と人との出会いの中で生きている。そして、それが私のビジネスになっている。出会いは私の人生そのものなのだ。

11月8日の私の誕生日に開催する【重陽の会】もその出会いづくりになるだろう。

重陽の会のメンバーの間でメールのやり取りが始まった。私もその中に入れていただいている。私から皆さんにご挨拶として下記の内容のメールを出した。

名称については、当初は「賢女の会」としていたのですが、私がOUEN blogに「賢女の会」のことを書いたところ、独りならずのお読みになった方々から、「賢女というネーミングは如何なものか。差しさわりがある名前ではないか」というご意見をいただきました。

自らを「賢女」であると仰る賢女はいらっしゃらないですし、「我こそは賢女」という女性は真の賢女ではありません。

また、私は以前、異業種交流会なるものに何度か出席したことがあります。ある会が「賢人会」とネーミングされていてとても違和感がありました。

私自身が賢人ではありませんし、参加されている人は殆どがビジネスonlyであり、そんな人たちとのご縁でビジネスをすることはしたくないと思いました。

そう思った私が「賢女の会」をというのは、あなた方賢女の皆さんにとても失礼なことだと思い直し、私の戒名であり、今は本名でもある【重陽】の名を会の名称としました。

皆さんは、【重陽】という言葉は「重陽の節句」(9月9日)でご存知でしょう。

中国では、奇数は陽、偶数は陰であり、一番大きい一桁の奇数は9です。そして、その9が重なる9月9日は「重陽の節句」と呼ばれ、その日は陽のエネルギーが最も大きくなる日なんだそうです。

【重陽の会】は、陽のエネルギーを持った女性たちの集まりの会です。

大袈裟に言えば、その女性たちが世の中を陽のエネルギーで満たし、世の中を変えていく。そんな女性たちの会に成長していってくれればと願っています。

その会を、私の誕生日である11月8日に開催するとは、稲盛さんは「ど厚かましい男」と仰るでしょうが、きっとお許しになると、勝手にそう思っています。

今日も一日雨模様で、稲盛さんのご本を再読する1日にしようと思っています。

「生き方」「心。」「考え方」

みんな同じようなことが書かれていますが、稲盛さんが仰るには、「君たちは人間ができていないから同じことを何回も言わないと心に落ちていかない。だからいつも同じことを言うんだ」と。

リーダーは「才能」ではなく「習慣」でつくられると、最近読んだ「ありのままの自分で人がついてくる『リーダーの習慣』」に書かれてありました。「習慣はその人の生き方そのもの」です。

素晴らしい「生き方」とは、それは確固とした哲学を持って生きるということです。素晴らしいビジネスをする、素晴らしいボランティアをするということでしょう。そして、ビジネスは、イコールボランティアというのが、私の生き方哲学です。

柳生家の家訓にあります。

小才は、縁に出会って縁に気づかず

中才は、縁に気づいて縁を生かさず

大才は、袖振り合う縁をも生かす

皆さん、大才を目指しましょう!!!

そんなことで、11月8日、【重陽の会】が素晴らしい第1回になることを祈念します。

不動院重陽博愛居士

(俗名 小林 博重)

ビジネス=ボランティアが理想の姿

数十年に一度の大きさと言う「台風14号」が猛威を振るっている。鹿児島に上陸し、一旦海上に出て福岡県柳川に再上陸したとか。 今日、明日、明後日と日本列島を横断する模様だ。

私は毎週のように出張をしているが、今週は久しぶりに在東京だ。猛暑疲れと雨模様のため、この3連休はウォーキングもせず、事務所で読書三昧の3日間だ。

稲盛和夫さんが8月24日にご逝去された。
稲盛さんに出会い、私の人生は変わった。生き方、考え方、全て180度変わった。
しかし、私は稲盛さんではない。稲盛さんのようなオールラウンダーではない。才覚には乏しいし、努力も稲盛さんの域には到底及ばない。しかし、生き方や考え方は変えることができる。 そして、私の先天的な性格に後天的な事象が加味され、私なりの生きる哲学が確立された。
私の場合、それは3S-spirits(service、sacrifice、study)の『応援(=OUEN)哲学』だ。

昨日、稲盛さんのご本は「成功と失敗の法則」を読んだ。今日は「生き方」「心。」「考え方」を読もうと思う。いずれも再読か再々読になる。そして、当然のことだが、全てに流れているのは稲盛哲学である。同じことを何度も何度も繰り返すことで、少しずつ血肉になっていく。そしてそれを行動に移す。「考動」であり、「感動」だ。
70歳にして、未だそれができていない。稲盛さんにお会いして30年弱が経った。稲盛さんに私淑して、その哲学を学び、しかしそれを未だ形にできていない自分を思う時、「私は何と情けない人間だ」と思う。 だからこそ、生まれ変わって、あと半世紀生きて、きちんと教えを形にしたいと思うのだ。私のような愚者は、長生きして夢を形にすることしかない。

私の満70歳の誕生日(満年齢での古稀)に、第1回【重陽の会】を開催しようと思う。
これからは女性の時代だ。
陽のエネルギーが満ち溢れた女性たちが世の中を変えていく。素直な心で、人生を前向きに、真っ直ぐに生きる。
男性よりも女性のほうがピュアではないだろうか。

ビジネスはボランティアであり、ボランティアはビジネスだと思う。
ビジネスのベースにボランティア精神がなければ守銭奴に成り下がってしまう。ボランティアもビジネスがなければ、それはサスティナブルにはならない。 私はそれを、私の器量なりに具現化して行きたいと思う。そんなNPO OUEN Japanにしたいと思う。

不動院重陽博愛居士
(俗名 小林 博重)