毎週、五十肩の治療で”たまプラーザ運動器スポーツクリニック”に通院している。
受診とリハビリで約1時間。左右の肩に注射を打って、それから理学療法士によるリハビリだ。
初診は4月9日、それから毎週だから昨日が第3回目だ。注射は痛み止めだからその効果は1週間も持たないだろう。少しずつ良くなってきているのは、五十肩がピークを過ぎて回復段階に来ているからだろう。 この治療とは別に、経堂のエステサロンに3週間おきに通っている。2時間の肩を中心にした全身マッサージだ。
これは五十肩が全快しても継続していきたい。古稀を超えた中古車両だから特に中古車両のメンテナンスが必須だ。身体の異状が心にも影響を与えるからだ。
若い時には放っておいたら回復したことが、歳を重ねると有意注意でメンテナンスしないと気(エネルギー)を発揮し続けることができなくなる。素直な心になればそのことはよく実感できる。
気(エネルギー)と言えば、その旧字が本来の意味を表しているのだと言う。
私が昨年11月まで通っていた合気道の正式名称は”心身統一合氣道”であるし、石川県能登半島羽咋市にある旧国幣大社の気多大社の正式名称も”氣多大社”だ。
氣と気の違いは米と〆だ。
米は末広がりで八方に広がることを意味している。エネルギーのあるべき姿は全身から放出されることだから、エネルギーとしてあるべき字は『氣』なのだと。 一方、「気」はエネルギーを〆る(しめる)意味になり、外に放出されない。それではエネルギーの意味がない。これから気でなく『氣』を使うようにしよう。
私の本名(戒名)は「不動院重陽博愛居士」と言う。
瑞華院了聞の福井住職(上人)が「不動明王の燃えるような熱情を、多くの陽のエネルギーを持った人たち(志高く、心清き人たち)に広(博)める、愛を広(博)める人間になれ」と付けてくださったのだ。 そのエネルギーは、広(博)めてこそ意味がある。気でなく『氣』を広(博)めるのだ。
20〜21日、アンナと企業を同行して、アンナから『氣』を感じた。彼女はウクライナで6歳から空手を学んでいた。「葉隠」を読み、日本の武士道精神を体得している。武士道はヨーロッパの騎士道と似ているところもあるが、本質は少し違うのではないかと言う。 武士道はストイックで、その人の人生の生き方を深掘りしている。
「武士道とは死ぬことと見つけたり」とは死を讃美しているのではなく、日々、死を意識して生きることで悔いのない生を全うすることなのだ。そんなニュアンスを私に話してくれた。
日本人でない若い女性に「日本精神」を教えられた。私は、メンターは歳上だったり、器量の大きい日本男子のイメージがあったが、そうではない。 志高い若者たちや女性たちの中に素晴らしいメンターがいる。私の周りにそんな素晴らしいメンターたちがいる。
私が事務所の書斎(ブース)に、貼ってある箴言の中に柳生家の家訓がある。
小才は、縁に会って縁に気づかず
中才は、縁に気づいて縁を生かさず
大才は、袖触れ合う縁をも生かす
アンナはこの箴言が心に響いた、今までの人生を違った目で見た感覚だったと。今まで、このようなことを日本人から聞いたことがない。
素直な心で老若男女全ての人たちから学ぶことで、人は成長していくのだ。
中村天風翁は「人間の正体は気体である」と仰っている。気体は「氣体」であり、エネルギーだ。それは『霊魂』と言われる「氣体」なのだ。その道具が身体であり心なのだ。
よく、人間は生まれた時がピュアであると言う。それは、人間の霊魂がピュアだと言うことだ。全ての産まれたての赤ん坊の霊魂がピュアなのだ。心はゼロ。だから、心がピュアということではない。肉体が100%なだけだ。
歳を重ねるごとに濁世にまみれて心が濁っていくと言われる。人生を生きていく内に、至るところから苦労が降ってくるからだ。
しかし、その苦労を友として、苦労を楽の種として、素直な心で、前向きに、明るく、人生を生きていくことだ。
だんだん年老いていくと、霊魂の道具である身体は衰えてくる。それを騙し騙しして生きる。その代わり、ゼロだった、これも霊魂の道具である心が、その苦労を肥やしにして、産まれた時のゼロから少しずつその割合を高めていくのだ。それが「心を磨く」ということだ。
そして、この世から旅立つ時に、ゼロになった身体の代わりに100%の心を、人間の正体である霊魂に捧げて次の世に旅立っていく。 その捧げ物の心が産まれた時のゼロより低いマイナスであったならそれは生きてきた意味がない。きっと、霊魂はその捧げ物を受け取らないだろう。 できるだけ心をプラスにすることだ。心を磨いて高めることだ。
そうすれば霊魂はその捧げ物を喜んで受け取ってくれるだろう。
心を高める人生を送りたい。これからの第二の生はそんな人生を送りたい。若い力、男性に限らず女性の力、いや今までそうでないと思っていた女性の力は私のサポーターの中でも群を抜いているもののような気がする。
不動院重陽博愛居士
(俗名 小林 博重)