『鄧小平の遺言』に思う。

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1月10日〜12日の福岡出張を終え、25日までの13日間はOUEN信念会の準備活動に集中する。

OUEN Japanのミッションを果たすためにはOUEN信念会を成功裡に終えることが不可欠だ。

出席者募集は10日に締め切ったが、昨日現在で139名になった。私が主催する会であり、締め切り過ぎても多少の増加は受け入れるので、最終的には145名くらいにはなるだろう(
もう10年以上このようなイベントを主催しているので、人集めに関しては私はプロの域に達していると自負している)。

かつて、そんな人脈があるなら政治家にでも立候補すればいいという人がいたが、政治家になるのが目的でもあるまいし、単なる手段で政治家になっても意味がない。

私の性格は、複雑怪奇な政治家の世界には真逆と思っているし、私は政治家を職業として必要ではあると思うが、政治家という職業がそれだけで尊敬に値するものであるとは今は全く思っていない。「先生」と言われて偉くなったと思う政治家は本当の政治家とは言えないだろう。

私は失礼ながら、政治家をそんな風に思っているが、昨日、経営コンサルタントの守山淳さんからいただいたメールで、こんな政治家が日本にもいてくれたらなと心から思った。

複雑怪奇な政治の世界を綺麗事や理想論で済ますことなく、現実に落とし込むその強かさ・健かさは私には全くできることではないから尚更、その真の政治家の高潔さに憧れるのだ。

守山さんの事務所は同じ青山にあり、彼とはひょんなことで知り合い、青山で会食をしたのがはじめだ。それがご縁で、定期的に「味のある話、心に残る話」のメールをいただく。彼はこのようなメールを経営コンサルタント先の皆さんに送っていらっしゃるのだろう。

昨日送ってくださったメールは『鄧小平の遺言』だった。以下にその内容を転記する。

『鄧小平の遺言』

某著名な評論家より私が4年前に発信したメールを再送して欲しいとの依頼がありました。
残念ながら小生は消去した旨ご連絡した処、ご本人のPCで見つけて送って下さいました。題して「 もしも鄧小平の遺言が実行されていたら」というタイトルでなかなか含蓄のあるメールですので改めて皆様のご参考に供します。

1992年8月28日、鄧小平は北京市の自宅で当時の幹部(江沢民元国家主席、胡錦濤元国家主席他)に政治的遺言を遺しました。
それは88歳の誕生日の直後、彼が92歳で亡くなる4年半前のことでした。

その遺言とは、

1.共和国の核心は民主と法制: 中華人民共和国の政治体制に満足していない。
中国を良くしていくために自ら米国より劣っていることを認識し、米国憲法を積極的に学ぶこと。そして国家が人民と法制に由来する公平な憲政国家を創り上げて欲しい。

2.台湾問題
⑴決して武力に訴えるな!中国人が中国人を攻撃してはならない。
⑵中国本土の経済を奮い立たせて台湾の後を追え!経済が振るわなければ永遠に望みはない。
⑶1国2制度より中国が民主と法制の国家になれば台湾問題は解決できる。その結果、連邦憲政への道が開けてくる。
⑷役人主導から人民の叡智を活かし改革開放路線を中心とした経済建設をすること。

3.中国の発展と統一は米国と密接不可分の関係: 中国の対外関係で最重要国は米国。世界最強国家米国と手を組むことにより中国の発展と統一は進んでいく。その結果、世界平和と発展がもたらされる。

4.人民党、社会党の名前を変えよ!:米中関係強化のためには人民を主とする名前にすると良い。
もっと頭を柔軟に硬直的な考え方から脱せよ。

5.天安門事件
同事件では多くの死者を出したが、国家の最高指導者の立場からは歴史的責任を果たしたかどうかが問われる。
同事件により国家は発展し人民の暮らしは良くなったのか。それとも停滞したのか。そこを良く考えること。権力を握っても決していざこざを起こしてはならない。

6.小さなグループの中で指導者を選んではならない:これまでは小さなグループの中から次期国家主席江沢民を選んできた。しかし今後は人民の中から最高指導者を選ぶ方式に変えていくこと。
真理と民心、民意に基づいて政権を維持し改善していくこと。
トップダウン型政治はリスクが大きい。今後はボトムアップ型の政治に切り換えていくこと。

以上です。残念ながら鄧小平元国家副主席の遺言は習金平主席には引き継がれておらず、彼は全く逆なことをやっています。それが世界平和の障害になっている原因です。

もし遺言通りに実践していれば、中国はアメリカに代わり世界から敬愛される素晴らしい国家となっていたでしょう。
プーチン大統領、北朝鮮の金主席も同様ですが、権力を独占した人間が陥る傲慢さが露骨に出ており、いずれ崩壊するするのではないでしょうか。

なかなか含蓄のある遺言ではないか。このような哲人政治家の出現が今ほど望まれる時代はない。

不動院重陽博愛居士
(俗名 小林 博重)

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