「幸せ」について語り合う。

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1月5日は人間ドックの日だ。
60歳から毎年この日に六本木ロアビルにある新赤坂クリニックで受診しているから、今回が六本木で11回目になる。早いものだ。 新赤坂クリニックといっても所在地は赤坂ではなく六本木だ。元々、赤坂だったのだろう。そして、今年は青山一丁目に移る。もっと自宅から近くなる。very good!

クリニックは8時半から受付というので、青山墓地を通り抜けて8時45分にクリニックに到着した。私が16番目だ。
受診にあたり、最初に看護師さんの問診を受けるが、私は「8時45分で16番目とはもっと早く来る人が15人もいるんですね」と聞いてみた。看護師さんは「いつもはその時刻だと40人はザラですよ。正月だから受診する人は少ないんです。小林さんの選択は間違っていないですよ。そして、来年からは青山に移るし、もっと近くになって良かったですね」と。
話好きな看護師さんだ(そういう私が話好きなのだ。私から話さないといくら話好きの看護師さんでも話さないだろう。看護師さんはよく人を見ている。合わせ鏡のようなものだ。こんなところからも人間関係のいい勉強になる)。

1日ドックというが、空いていたせいで10時半過ぎには全てが終了した。実質、半日ドックだ。

午後から馬形さんと上野の東京国立博物館に行く約束をしていた。直接、六本木から上野と考えていたが、時間が早い。それじゃ、事務所に戻って一仕事して行くとするかと思い、朝来た道を帰った。外苑前と六本木の往復で毎日のウォーキングの歩数はクリアできた。very good!

上野と言えば、私は井澤八郎の「あゝ上野駅」くらいしか思い出せない。それと上野公園の西郷さんの銅像くらいか。私の生まれは能登なので、大学時代は帰省する時は上野駅が多かった。お金がない時は夜行列車の急行「能登」か「越前」で帰ったものだ。それも固い椅子の2等席だ。 ちょっと懐が暖かいと東京駅から新幹線で米原経由、北陸本線で金沢までのコースだった。米原回りは距離はあるが速い。
半世紀近く前のことだ。

そんなことで、文化の香りがする上野はとんとご縁がなかったのだが、「牛に引かれて善光寺参り」だ。誘われて行く。行くといいことがある。「犬も歩けば棒に当たる」の諺もある。

東京国立博物館は、明治5年(1872)、湯島聖堂の大成殿で開催された博覧会から始まる、日本で最も長い歴史を持つ博物館であり、昨年には創立150周年を迎えたのだと。
馬形さんは「七尾出身の長谷川等伯が描いた松林図屏風は正月しか見ることができない。博重さんのふるさとの偉大な絵師の作品を見ることもいい正月になりますよ」というお誘いに素直に従ったのだ。
この松林図屏風はのと共栄信用金庫のクリアファイルにもなっていた。また、以前、七尾市駅前に「長谷川等伯の生誕地」ののぼりも出ていた。長谷川等伯はふるさとの有名人だ。水墨画の松林図屏風は冬の荒々しい能登を思い出す。 ふと、ふるさと能登を偲ぶひと時だった。very good!

馬形さんと上野の焼肉屋で夕食をしながら「幸せ」について語り合う。
「幸せ」とは目指すものではなく、日々生きて感じるものだ。一日に一つか二つは「幸せ」だとふと感じることがあるだろう。何気ない会話の中に、仕草のなかにでも「幸せ」を感じることがある。そして触れ合う人たちや山川草木にまで感謝することができることが「幸せ」というものだろう。

稲盛さんは「人間は幸せでなければ人のために生きようとは思わない。人のことを考える余裕は生まれないだろう。まず、自分がいろいろなことに幸せを感じることが始まりだ。幸せを感じることで『利他』の心が自然と起こってくる」と仰る。 これは「応援」も同じだ。「援けてほしい」と頼まれても自分に余裕がなければ、幸せでなければ、そんな気持ちが起きるわけはない。

馬形さんは毎日毎日、ちょっとした「幸せ」をスケジュール帳に日々書き留めているのだとか。その志やよし。私はblogで幸せを書き留めている。

不動院重陽博愛居士
(俗名 小林 博重)

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