年頭にあたり、第二生の生き方上手を考える。

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令和5年がスタートした。大晦日と元旦、何でもない連続した2日であるが、やはり年が変わるということは新しい人生のスタートであり、1年365日の内の特別の2日だ。

人生に区切りを付けることで、人生は豊かになる。それは人それぞれだが、その人の誕生日や大晦日と元旦は全ての人に共通するものだ。

高浜虚子に「去年(こぞ)今年貫く棒の如きもの」という俳句があるが、これは去年と今年の区切りはあるが、そこに流れている信念(哲学)は棒のように真っ直ぐ太く貫かれている、そんな信念を持って生きることだ、そして、年が変わることで、その信念の深さや清さをさらに高めることだと言う意味と私は理解している。

古稀を過ぎ、私の第二の人生が始まる。その人生は登り坂ならぬ上り坂の人生だ。

人生は富士山を登ることに喩えられたり、人によっては富士山ではなく、小高い山や丘ということもあるだろう。どちらにせよ、生まれて人生という山を登るのだ。

登り坂があれば下り坂がある。サラリーマンに例えれば、50〜60歳まで登り坂、あとは下り坂で山を降りて行く。
下り坂の人生を楽しむことは人生を充実したものにしてくれるのだろう。しかし、その下り坂の人生をその人個人の楽しみのみに終わらせることは果たして幸せな人生だろうか。私はそれを否定しないが、私の生き方として、ずっと上り坂の人生を送りたいと思う。登り坂ではなく「上り坂の人生」だ。 その上り坂の人生は、下り坂の楽しみもたっぷり含まれている。だから人生の後半戦は、登り坂ではなく、下り坂の楽しみもたっぷり含まれている「上り坂の人生」を歩くのだ。

第一生は登り坂の人生だった。ギアを最高に上げて走っていた。息切れもしたが、若さに任せて突っ走っていた。
しかし、これからの第二生の上り坂のギアは目一杯まで上げないことだ。緩い上り坂なら中ぐらいがいいだろう。
何せ、私は今五十肩で日々四苦八苦している。当分は五十肩に悩まされるだろうがいずれは治るだろう。しかし、痛風やら高血圧やら中性脂肪やら、なんだかんだでたくさんの基礎疾患持ちだ。薬や健康食品はたんまり飲んでいる。
この中古車を半世紀持たさなければならないのであれば、第一生の暴飲暴食や「リゲイン、リゲイン、24時間働けますか」では続かない。我が身を誤魔化しながら、健康には一層留意することだ。健康あっての物種だ。

今まで蓄積してきた人脈という宝物をコスパよくフル活用することだ。その人脈は「類は友を呼ぶ」「友だちの友だちは皆友だち」よろしく、どんどん拡がっていく。留まることはない。

本質志向とコスパ重視だ。
ぶれない哲学を持つことだ。真善美を追求することだ。稲盛哲学を何度も何度も繰り返し学び直して実践していくことだ。

年頭にあたり、第二生の生き方上手を考えた。

不動院重陽博愛居士
(俗名 小林 博重)

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