杉田南実さんのこと

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昨日、私の事務所に杉田南実さんがいらした。彼女には、1月26日のOUEN信念会のパネルディスカッションのパネリストをお願いした。その打ち合わせである。

杉田さんは本年度の東京大学応援部主将(団長)。今月に幹部交替をして、応援部を卒部して赤門鉄声会(東京大学応援部OB・OG会)に入会した。鉄声会の入りたてほやほやのOGである。

東大応援部の創立は昭和22年(1947年)だ。歴史は75年であるが、初めての女性応援団長だ。

かつては応援団と言えばむくつけき男の世界と相場が決まっていた。私の現役時代(昭和46~49年)は、応援部のパートはリーダーとブラスバンドだけ。勿論リーダーは全て男子、ブラスバンドには4年間に合わせて5名の女子が入部してきたが、皆んな1年もしない内に退部していった。男子は女子を飾り(アクセサリー)としてしか見ていなかったのだ。退部していっても当然な雰囲気だった。
私が卒部してから東京六大学の他校に倣いバトントワラーズ(今のチアリーダー部)ができて、それから女子部員はブラスバンド部も含めて定着していった。それが現在では、約100名の部員の7割以上が女子だ。私の頃とは隔世の感がある。

杉田さんはチアリーダーとして入部し、同期のリーダー男子たちが退部したこともあって、チアリーダーとリーダーの二刀流をこなして、幹部(4年生)では自薦他薦で東大応援部の初代女性主将(団長)になった。堂々たる東京大学主将(団長)だった。それは彼女の経歴からさもありなんと納得した。

彼女は、中学3年生から高校3年生まで4回に亙り宝塚音楽学校を受験している。残念ながら不合格で、東京大学に進学したという、実に貴重な経歴の持ち主だ。
中学・高校ではクラシックバレエやジャスダンス、声楽を学んでいたとか。ある意味では、チアリーダーとリーダーのいずれにも役に立つ。中高時代は応援部に入る基礎練習をしていたとも言える。当に応援部の申し子だ。
来年4月には社会人になるが、就活は大企業から引く手あまたの誘いがあったが、将来はミュージカル関係の起業を考えているということで、ITベンチャービジネスを選択したのだとか。“夢を追いかける天女”の彼女らしい。

これからの21世紀は女性が活躍して社会を変えていく時代だと思う。
賢い女性は、男性とともに、それぞれの得手を持ちよりフルに活かしあうことで社会を変えていく。その先頭に立って肩肘を張ることなく自然体で頑張ってほしいと思う。彼女にとって、これからが自他を応援する本番の時代なのだ。

「応援」とは、黒子だ、黒子に徹することだ。あくまでも主役はプレイヤー。応援は脇役だ。それを忘れてはいけない。粋がってはいけないのだ。応援とは静かに潜伏するものだ。
応援とは「援けに応える」ことだ。それは利他であり、仏教の慈悲であり、キリスト教の愛である。相手の心に想いを致す「善き心」である。思いやりのある優しい心である。
その優しい心は女性の専売特許でもある。腹を痛めた我が子を慈しみ愛する優しい心である。そしてその心の芯には誰にも負けない強さが潜んでいるのだ。

レイモンド・チャンドラーは「男はタフでなければ生きていけない。優しくなければ生きている資格はない」と言っているが、これは男女に関わらず言えることだ。どちらかと言えば女性が、賢い女性がその最短距離にあるのではないか。

彼女には、私ができることは応援して差し上げようと思う。
これからが杉田さんの本当の「応援人生」である。

不動院重陽博愛居士
(俗名 小林 博重)

明治神宮球場での杉田南実さんの勇姿

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