男も女も、度胸と愛嬌。

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社会の加速度的な変化、顧客ニーズの多様性、労働人口の減少とワークスタイルの変化等に応えなければ、会社は成長していかないし、日本社会も元気にならない。

それを克服するキーワードは、「ダイバーシティ(多様性)」「インクルージョン(包括、受容)」「アンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)の克服」だ。
今までの価値観をリセットして、素直な心で新しい価値観を構築していくことだ。

私がOUEN Japan の今年のエッジを「女性活躍の応援」と決めたのは、そんな時代背景からなのだが、OUEN Japan の活動が一新する訳ではない。今まで通りなのだが、特にビジネス面に於いて「女性を意識」して活動するということだ。そして、それが少しずつ自然体になってくればいい。
私の性格として、カッコつけて生きることは全く似合わない。私の個性のまま、ありのまま。無理せず、自然体で生きることで、ストレスのない人生を送ることができると思うからだ。

私は、能登の田舎で、中学生まで、祖父母に育てられた。
石川県は加賀と能登の2つの国で構成されている。「加賀のかか楽、能登のとと楽」という言い回しは加賀と能登の特徴をずばり言い表している。
加賀では、甲斐性のある男の人は女の人に芸事を習わせる。おかあさんは楽をするという意味で”かか楽”だ。
一方、能登では、海女さんが女性であるように、海に潜って貝などの海産物を採ってくる、そしてそれを行商で売り歩くのは女の人であり、男は命綱を持つくらいだ。男は、女性が、坂本冬美の「能登はいらんかいな」の歌よろしく、行商している間、自宅で酒を呑んでいる。お父さんは楽をするということで”とと楽”だ。

しかし、私の祖父母はそれとは真逆だった。祖父は祖母を「おかっつぁま」(おかあさま)と呼んでいた。能登では妻のことを「じゃま」と呼ぶのが当たり前だったのにだ。
それでいて祖父は柔な男ではなかった。日露戦争で旅順の二百三高地の戦いでロシアに奪われた、天皇の命とも言われる軍旗をロシアから奪い返した猛者だった。
そんな猛者の祖父が祖母には頭が上がらない。
それでいて、いつも祖母は祖父を立てている。食事の時は祖父は祖父用の御膳だ。祖母と私は別の卓で食べた。祖母は私に、祖父のことを「おじいちゃん」と呼ばせていた。祖母のことを私は「おばば」と呼んでいた。それは祖母のしつけの一つだった。そんな、凛とした祖母だった。そんな祖母が私の理想像だったのだ。

1960年代だったろう。全共闘が荒れ狂っていた時代だ。ウーマンリブ(女性解放運動)が日本でも猛威を振るっていた。榎美沙子さんがそのリーダーだった。
女性解放は当然のことではあり必要不可欠なことではあるが、あんなことばかりしていて、ほんとに男性のみならず女性からも賛同は得るものだろうかと高校生ながらそう思っていた。
案の定、1970年代後半には廃れてなくなっていった。

悪と思えば戦うことは必要だが、暴力的に戦うことがその解決策として最善ではないだろう。戦うことは自分と戦うことであり、人と戦うことではない。

時代は「女性活躍」を求めている。それを賢く展開することだ。世の中は実にうまくできている。

稲盛さんのようなオールラウンダーは稀にしかいない。殆どの人間は凡人だ。
その凡人がオールラウンダーになろうとすれば、それは凸凹の人間同士が足らずを補うことだ。それは男女の関係でも言える。
男と女はそれぞれ強み弱みが違う。それぞれの強みで相手の弱みをカバーし合って、やっとオールラウンダーに対抗できるのだ。どちらが上でも下でもない。それが自然で当たり前のことだ。天はそのように人間をつくっている。

多様性のある「ダイバーシティ」の社会を、その多様性を受け入れて個々の個性を活かす「インクルージョン」の社会を目指す。それが自然体でできる社会が理想だ。天はそのように人間をつくっている。
そのような社会になるまでは、ちょっとつっかえ棒が必要だからそのつっかえ棒の役の一端をOUEN Japan が担うことをしたいと思う。

稲盛さんは経営者のみならず、多くの意識が高い女性にも信奉者が多い。私が稲盛さんを私淑していることをご存知だから「私も稲盛ファンなんです」と私に言っているわけではないだろう。それは彼女たちの言動から分かる。
稲盛さんはお母上をこよなく大切にされていた。お母上も私の祖母のようなところがあったのだろう。それは愛だけではない。度胸もおありだったとか。

「男は度胸、女は愛嬌」という言葉があるが、そうではない。できた人は全てと言っていい。「男も女も、『度胸と愛嬌』、できた人間は度胸も愛嬌もなのだ。ちなみに私は愛嬌で生きている。

チャンドラーもマーロウに言わせている。
「タフでなければ生きていけない。優しくなければ生きる資格がない」
この「優しく」が女性の得意技ではないか。その意味は、女性は男性よりも生きる資格を持っているということだ。

私たちは、強く優しい人間になるためにも、男女が共生、協働して、社会をつくっていきたいものだ。
OUEN Japan は応援の黒子になって、そのお手伝いをしたいと思う。

不動院重陽博愛居士
(俗名 小林 博重)

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