アンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)

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昨日は、丸の内ビルディング5階にある、ロシア料理「ゴドノフ東京丸ビル店」でロシア料理を堪能した。私が副理事長を仰せつかっている「NPO 日露経済文化交流会」の幹部会の忘年会のランチMTGだった。
私はロシアにはあまり好印象を持っていない。祖父が日露戦争で旅順の二百三高地で露軍と戦い、死線を彷徨ったことを、幼少からことあるごとに聞いていたからだろう。勿論、ロシアのウクライナ侵略もある。そして、今までロシア料理も食べたことはない。

では、なぜこのNPOに関わることになったのか。金沢大学附属高校同期の山辺美嗣さんが理事長をしていて、私は彼に副理事長就任を依頼されたからだ。
敵愾心を持っているロシアであってもそれは対国家のことであり、国民個人個人には何らそのようなことはない。彼らたちの文化や国民性を知ることに興味が湧いたからだ。さらに、OUEN塾で接点を持ったロシアからの留学生たちの国を知ってみたいと思ったこともある。

東京駅に向かう丸の内線の車内に「ロシアのウクライナ侵攻を非難しているのは世界人口のわずか36%」とあった。
「非難:中立:ロシアに同調」の割合を示す円グラフがあり、その下に「分断は想像以上に進んでいる。どうしてこうなった?」と問いかけている日経の広告だ。

日本は欧米と足並みを揃えて、ロシアを非難しており、マスコミも同様な対応だが、世界はそうではない。
人道主義から考えれば絶対的にロシアに非があるが、世界の国々はそうではない。
人として正しいことは損得で判断することではない。しかし、世界の国の殆どは損得で動いている。全てといっていいだろう。民主主義、人道主義をアピールしている欧米にしたところで、100年前までは帝国主義で世界を好き勝手に占領していた。みんな損得で動いている。 だから、永遠に、キリスト教の愛や仏教の慈悲は人類には不可欠な宗教なのだと思う。人間は愚かな動物なのだ。悲しいことにそれが現実なのだ。

私は演歌をこよなく愛する。演歌には人間の愛憎、存念が歌われている。男らしさや女らしさ。

【唐獅子牡丹】
義理と人情を秤にかけりゃ
義理が重たい男の世界
幼馴染の観音様にゃ
俺の心はお見通し
背中で吠えてる唐獅子牡丹

【人生劇場】
やると思えばどこまでやるさ
それが男の魂じゃないか
義理が廃ればこの世は闇だ
なまじ止めるな夜の雨

【兄弟仁義】
親の血を引く兄弟よりも
固い契りの義兄弟
こんな小さな盃だけど
男命を賭けて飲む

みんな男の生き方ばかりだ。人間は男であり、女はそうではないのだと言わんばかりだ。
私に言わせれば、この「男」は「人」であり、男も女もない。
現実からしても、女のほうが男らしいことは間々ある。ピリッとした女性は実にこの男歌の男だ。並の男より男らしい。

アンコンシャス・バイアス(無意識バイアス)という言葉がある。
自分自身は気づいていない「ものの見方や捉え方の歪みや偏り」のことだ。
私にしても結構このアンコンシャス・バイアスがある。素直な心で物事を見たり聞いたりして、だいぶん少なくなってきたと思うが、それでも偏見は至るところにあることを感じることが間々ある。

OUEN Japan は女性に光を当てようということもそんな想いがあるからだ。

不動院重陽博愛居士
(俗名 小林 博重)

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