利己から利他へアウフヘーベンする。

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人間は利己的動物である。「そして」というか「しかし」というか、その人の熱情、心の持ちようによって、精神を利己から利他にアウフヘーベンすることができる動物でもある。

動物でも植物でも生きとし生けるもの全ては、自分が一番可愛い。利己的な生き物である。
人間が利己的であったとして、それは当たり前のことであり、それを誰も非難することはできない。その非難する人も利己的だから、その非難は天に唾するようなものだ。

しかし、その利己的動物である人間がその利己を極め、真の心の利己を追求していくことで、人間は利他的動物にアウフヘーベンすることができる。それは少しずつ変わっていく。そして、ある時突然別次元のステージに立つことができるのだ。 私はそのことを日々の生活の中から身をもってじわりじわりと実感している。

心の襞がある人は、心を利己から利他にアウフヘーベンすることができるが、そうでない人は利己的な人間のままだ。
人間の利己は人間世界の当たり前のことであるから、それを素直に受け入れて、淡々とした心で、全ての人たちと争うことなく付き合いをすることだ。争っても誰も得はしない。 得は徳に通じるから、争う人は徳のない人間ということだ。

今年もあと20日あまりだ。1年はその人の春夏秋冬のいつの時代でも同じ1年なんだが、「今年はちょっと違う」と思う1年がある。それは人間が少し進歩している時だ。 毎年そういう思いになっている人は毎年進歩している人ということだろう。
私について言えば、今年は「ちょっといつもと違う1年だった」と思う。ちょっと進歩したのかなと自分を褒めたくなる。良い1年であった。
来年は雌伏していたうさぎがピョンと飛び上がる年になるだろう。うさぎだからそんなに高く飛ぶことはできない。屈伸運動くらいでいい。雄飛するための準備運動の1年にしたい。

そして、再来年は私の干支の辰の年だ。再来年こそは飛龍の年にしたいものだ。

こんなことを真夜中に目覚めて布団の中で思いを致す。

書き終わった。ちょっと眠るか。

不動院重陽博愛居士
(俗名 小林 博重)

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