楽観主義で生きる。

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昨日、新宿のサンデンタルクリニックで抜歯した。午前中1時間半以上かかった。手術のようなものだ。右下奥から2本目。根が4つに分かれていたため、それだけの時間がかかったのだと。
抜歯は、かかりつけ医の同院の小山悠子理事長ではなかった。抜歯やインプラントの専門の女医さんだ。
小山先生は抜歯前にいらして「小林さんは生前葬でドラえもんからお坊さんになったのよ」と。
私は先生に「抜歯は、プロの小山先生だと思っていたのに、どうして先生ではないのですか」とちょっと嫌味で冗談を言った。
先生は「それぞれプロの分野があるのよ。その分野のプロに任せるのが一番なの」と。
私がいつも言っていることなので、ストンと納得した。

稲盛さんのようなオールラウンダーであっても信頼する仲間を集めて事を処理される。そうでない凡人にとっては、それが絶対的な成功の要諦なのだ。

また、小山先生は「小林さんは以前は歯ブラシで歯茎を傷つけたりして、歯の手入れは今一だったけれど、最近は見違えるように手入れができるようになったのよ」と褒めてくださる。
私は「それは先生のご指導の賜物であることと、私の心が素直なこと」と笑いながら話す。

また、抜歯の先生は、手術の前のみならず手術の最中の至る所で、インフォームドコンセントというのだろうか、私にいろいろ語りかける。私は首を縦や横に振るしかできないが、その質問に応える。そんなことで安心し、先生に対する信頼感が湧く。

何でもそうだろう。勿論、技術・技量は必須だが、人間関係で信頼関係が醸成されないと何事もスムーズにいかない。
慇懃無礼ということばがあるが、その意味は「ご丁寧なことば遣いでも心がこもっていないこと」だ。
よく銀行員の態度がそのように言われることがある。稲盛さんはJALの再生の時、社員のお客様に対する態度が慇懃無礼であったことでそれを改めるようにきつくご指導されたと聞いている。慇懃無礼では人間関係に信頼感は生まれない。

そんなことも、二人の先生との会話の中で感じることだ。

昨日の昼は、自販機でカレールーとコーンスープを買って飲んだ。夕食はお粥が主食。固形物は左で噛んでゆっくりと食べた。そして、痛み止めと抗生物質。

久しぶりに寝足りた感があって、今朝は爽やかに目が覚めた。

11月に満70歳になって、これからが第二の生だ。
抜歯して思う。病根を取って新たなスタートだと思うと気分は爽快になる。
全て、何事も前向き、明るく捉えることだ。

松下幸之助さんは、大阪青年会議所の例会(1979年)でお話しされている。

日本人はいい国民であるというて、いいところを探さないといかん。探したものをしっかり握って感激にうち震えつつ生活を全うしていかないといかんという感じがするんです。
そして決して悲観しない。いかなる場合でも、”おまえは日本人やないか。そうや、自分は日本人や。必ずうまくいく”とこう思うてぼくはやっているわけです。

また、フランスの哲学者アランも言っている。
「悲観主義は気分に属し、楽観主義は意志に属する」と。

人生、何事があっても楽観的に考え生きていくことで、人生は幸せになるものだ。

不動院重陽博愛居士
(俗名 小林 博重)

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