今度こそ『女性リーダー育成』のサポートを成功させたい 。

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今日から師走だ。一年が経つのは早い。アッと言う間だ。このアッと言う間が70回繰り返されて私の今日がある。
何でもない日々の暮らしを繰り返すことだけでは人間は成長しない。意を以て生きることで人間は少しずつ成長していく。

12月になって突然という言葉が当てはまるくらい、東京でも今朝は冷え込んでいる。3時前に目覚めたが気温は9度。日中でも気温は変わらないという。そして夜は8度に下がる。 セーターの下に3枚重ね着をして事務所に出かけた。これから師走の1日目がスタートする。

『女性リーダーの育成』を考えていて、40年近く前の銀行時代を思い出した。

私の安田信託銀行の最初の配属は渋谷支店だった。
渋谷の4年弱の勤務を経て神戸支店に転勤。神戸では4年以上勤務した。この4年間には、ちょうどポートピアの博覧会が神戸で開催された。神戸は横浜と同じ、異国情緒のある港町で同じ関西でも大阪や京都とはちと違う。充実した4年間だった。

昭和59年7月に新たにできた人事教育部に転勤して研修担当になった。そして、昭和60年(1985年)から採用担当に部内異動をして、新卒採用と障碍者採用および中途採用を任された。

ちょうど男女雇用均等法ができた時だった。この法律は昭和61年4月から適用された。
安田信託銀行では、社員は総合職と事務職に分かれた。
昭和60年の新卒採用は61年4月入社になるというので、60年の採用の総合職は、それまでの男子採用から女性も採用することになった。 東大、一橋、早慶、ICU、上智、明治等、ピカピカの賢女たちを8名採用した。

私が教育係と言うのか、入社後のメンテナンスをすることになったのだが、それがまた大変だった。

彼女たちを配属された職場の上司たちは戸惑って、どう扱っていいものか困り果てたのだ。
「貴女は女性だからお茶汲みから始めてください」とか「貴女は総合職なのだから男子と同様に扱う。残業もその後の飲み会も付き合ってほしい」とか。 彼女たちもそんな職場の対応に戸惑い悩んで、何人も、私がいる本店16階の人事部に私を訪ねて駆け込んできた。涙を流す女性もいた。 私は話を聴いて、職場の部長に相談に行ったり、場合によっては異動をしたり。私が彼女たちの駆け込み寺になったのだ。
私も七転八倒しながら頑張ったのだが、結果は殆どの総合職女子は3年後には退職し、彼女たちの能力を生かしてくれる外資系の企業に転職していった。 そんな彼女たちだったが、今でも年賀状をいただくつながりがある。

それは私が30歳前半の頃だったから、彼女たちは今、55〜60歳になっているだろうか。私の人生で心残りの苦い想い出だ。

OUEN Japan のミッションの一つを『女性リーダーの育成』に、と思った背景には私のそんな想いがある。

40年前は私はまだまだ若僧であり(その若僧であったがゆえに44歳で退職に至ったのだが、それもまた良し)、時代のせいもあり、私の『女性リーダー育成』は頓挫してしまったのだが、今はダイバーシティ&インクルージョンの時代に変わりつつある時代であり、私も馬齢を重ね、頭は柔軟になってきている。
OUEN Japanで、黒子になって『女性リーダー育成』のお手伝いをしたいものだ。そのために、沢山の人たちのお力をお借りしながら、このミッションを果たしたいと思う。

不動院重陽博愛居士
(俗名 小林 博重)

✴︎ダイバーシティ(多様性)
性別や年齢、国籍、文化、価値観など、さまざまなバックグラウンドを持つ人材を活用することで、新たな価値を創造・提供する成長戦略。

✴︎インクルージョン(受容)
社員がお互いを認め合いながら、一体化をして目指していく組織のあり方。

✴︎ダイバーシティ&インクルージョン
多様性を受け入れることに加え、組織の一体感を誘発することで成長や変化を推進する取り組み。

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