「たすけにこたえる=応援」と言うこと

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「たすけ」を漢字にすると、「助け」「佐け」「佑け」「援け」「救け」「輔け」「補け」「扶け」等がある。ニュアンスは少しずつ違うところがあるが、その意味する心はほとんど違わない。

援助、救援、補足、輔弼、補佐、補助、救助、扶養、応援、天佑、佐幕等々。

「たすけ」でこれだけ多くの漢字が当てられている。

「人間とは何か」
「人間とは如何にあるべきか」「人生如何に生きるべきか」
等、人間を考えるにあたり、この「たすけ」という言葉が全てを言い表していると言っても過言ではないだろう。

「人は人のために生きる」「人はたすけあって生きる」ことが『人としての生き方』なのだと思う。

「たすけにこたえる」→「援けに応える」→『応援』とは、そんな「人間とは如何に生きるべきか」と言う哲学的意味がある、人間の目指すべき在り方を言い表している言葉だ。それは『応援の心=利他の心』なのだ。

チームを応援すること、人を応援することから、もっと個別的に「団長、頼みます。よろしくお願いします」と、私を信じて託してくださった想いに応えることは、当に『応援』ということではないか。それは『利他』である。そのことが稲盛さんの教えではないのか。

1人でできることは限られている。そして、人間の命は有限であり、その時はいつか神ならぬ身にとって知るすべはない。さすれば、与えられている命を大切にすること、健康には一層留意することで生きること、信頼に応えることだ。援けに応えることだ。

自分が渦の中心になる、信頼できる人たちのお力を最大限に借りることをしなくては、その期待に応えることはできない。多くの人を巻き込むことだ。 そして、人を大切にすること、人に感謝すること、謙虚に生きることをしないと人は応援してくださらない。情けは人のためならず。

これが「生まれ変わった」ということか。見える世界が違ってきている。倍返し、3倍返しは美しい心でないと人は幸せにはなれない。

真夜中に目覚め、いろいろな思いが脳裏を巡る。そして、思いが想いになる。そして、それが念いに昇華していく。人生とはそんなものだ。それが幸せな人生を生きるということだ。

不動院重陽博愛居士
(俗名 小林 博重)

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