「人の念いに応える」ということ

真夜中にblogを書いて一寝入りして5時前に目覚めた。
夢に仲人をしていただいた岡田和郎さんが出て来られた。初めてのことだ。

岡田さんは、私が安田信託銀行に入社した時の人事部研修室長だ。当時、採用は人事部研修室が担当していた。岡田さんは実質の採用責任者だった。昭和32年入社、早稲田大卒、広島県尾道市出身。 村田英雄似で、村田英雄を優しくした風貌。穏やかな心優しい人だった。人を大切にする人で、公平無私。私はそのお人柄に惹かれていた。 総合職同期は47人いたが、同期の中でも特に私を可愛がってくださった。彼は依怙贔屓をする人ではない。私が勝手にそのように思っていたのだ。

妻は安田信託銀行の同期で、岡田さんのことを私と同じ気持ちを持っていたようだ。
そんなことで、岡田さんに結婚式の仲人をお願いした。

奥様は岡田さんが癌で余命幾許もないことをご存知だったようだ。
奥様は「小林さんの仲人はお断りしたほうがいい。仲人をお引き受けしたら、将来にわたり小林さんの面倒を見て差し上げないといけないのに、きっとそれは叶わないだろう。小林さんに申し訳ない」

岡田さんは「小林君は安田信託銀行できっと偉くなるだろう。安田信託銀行を支えていってもらわなければならない人材だ。だから三顧の礼の想いで採用した。将来の面倒は見ることはできないかもしれないが、折角のお話だ。ありがたくお引き受けしよう。引き受けたい」と仰ったそうだ。後で奥様からお聞きした。

私の仲人をされてから半年後、岡田さんはお亡くなりになった。45歳だった。

私は44歳6カ月で安田信託銀行を退職した。もし、そのおり、岡田さんがご存命でいらしたら、そして岡田さんに「退職するな。これからの安田を支えてほしい」と説得されていたら、私は安田を辞めることをしただろうか。私は辞める決断ができただろうか。

これも全て運命であり必然なのだろう。岡田さんが若くしてお亡くなりになったことも、私が44歳で安田を辞めたことも。

思いは想いになり、念いになる。そして、それが事を成就させる。そして、そのような昇華する「おもい」を持つことができる人は幸せな人生を生きることができる。

まず、想うことだ。そして念うに至るまで、「おもい」を高めることだ。

ゼオライトの河村会長は広島県尾道市瀬戸田出身だ。瀬戸内海にある島のご出身だ。昨日もマスカットと瀬戸田のみかんが会長から届いた。

同じ広島県尾道市ご出身の岡田和郎さんが夢に出てきてくださったのだろうか。

私は岡田さんの想いを果たすことなく安田信託銀行を退職したが、岡田さんが私に期待されていたことは「人間として素晴らしい人間になること、人のために尽くす人間になること」であると私は勝手ながらそう思っている。

私が岡田さんを尊敬し慕っていたのは、銀行の大先輩としてではなく、『人間岡田和郎』としてだったからだ。

不動院重陽博愛居士
(俗名 小林 博重)

「たすけにこたえる=応援」と言うこと

「たすけ」を漢字にすると、「助け」「佐け」「佑け」「援け」「救け」「輔け」「補け」「扶け」等がある。ニュアンスは少しずつ違うところがあるが、その意味する心はほとんど違わない。

援助、救援、補足、輔弼、補佐、補助、救助、扶養、応援、天佑、佐幕等々。

「たすけ」でこれだけ多くの漢字が当てられている。

「人間とは何か」
「人間とは如何にあるべきか」「人生如何に生きるべきか」
等、人間を考えるにあたり、この「たすけ」という言葉が全てを言い表していると言っても過言ではないだろう。

「人は人のために生きる」「人はたすけあって生きる」ことが『人としての生き方』なのだと思う。

「たすけにこたえる」→「援けに応える」→『応援』とは、そんな「人間とは如何に生きるべきか」と言う哲学的意味がある、人間の目指すべき在り方を言い表している言葉だ。それは『応援の心=利他の心』なのだ。

チームを応援すること、人を応援することから、もっと個別的に「団長、頼みます。よろしくお願いします」と、私を信じて託してくださった想いに応えることは、当に『応援』ということではないか。それは『利他』である。そのことが稲盛さんの教えではないのか。

1人でできることは限られている。そして、人間の命は有限であり、その時はいつか神ならぬ身にとって知るすべはない。さすれば、与えられている命を大切にすること、健康には一層留意することで生きること、信頼に応えることだ。援けに応えることだ。

自分が渦の中心になる、信頼できる人たちのお力を最大限に借りることをしなくては、その期待に応えることはできない。多くの人を巻き込むことだ。 そして、人を大切にすること、人に感謝すること、謙虚に生きることをしないと人は応援してくださらない。情けは人のためならず。

これが「生まれ変わった」ということか。見える世界が違ってきている。倍返し、3倍返しは美しい心でないと人は幸せにはなれない。

真夜中に目覚め、いろいろな思いが脳裏を巡る。そして、思いが想いになる。そして、それが念いに昇華していく。人生とはそんなものだ。それが幸せな人生を生きるということだ。

不動院重陽博愛居士
(俗名 小林 博重)