「できる人間よりも、『できた』人間」になる。

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稲盛和夫さんは人間には3通りの人がいると仰る。

一つは勝手に燃えてくれる「自燃性」の人であり、二つは他からエネルギーを受けて燃える「可燃性」の人であり、三つはそれでも燃えない「不燃性」の人だ。
何かを成さんとする人は自ら燃え上がる自燃性の人でなければならないのだと。

私は人と人をつなぐことを生業にしているから、自ら積極的にいろいろな人に会うことをしてきた。
何事もビジネスオンリーで考える人、そんな人の中には長続きするビジネスを目指している人とその場限りのビジネスしか考えていない人がいる。ほんとうのビジネスパーソンは、勿論前者である。
70年生きてきて、その見極めは漸く区別できるようになった。前者の中でもお付き合いすると情が深くなる人とビジネスライクオンリーから脱皮しない人がいる。私は前者と付き合いたいと思うし、後者とはそれなりの距離を保って付き合おうと思う。できることなら、前者の比率が高くなることを願う。

皆さん、自分が一番大事というのは当然だ。その「自分が一番大事」の深掘りの差なのだ。人間ができた人が掘った井戸は、深くて汲み上げる水は冷たく清く美味である。
「他を利する」ことが一番「自を利する」ことになるという宇宙の真理を、人生を生きてきてどこまで悟っているかどうか、それが人間の器なんだと思う。

【打てば響く人と響かない人】
素晴らしいビジネスパーソンは「打てば響く人」だ。西郷南州ではないが、「小さく打てば小さく響き、大きく打てば大きく響く」人だ。

私は西郷さんとは違い、人と人をつなぐことが仕事だから、人に打たれてどう響くかの前に、まず私から人を打つこと(人の心を打つこと)をする。
小さく打って小さく響く人もいれば殆ど響かない人もいる。中には稀に大きく響く人がいる。こんな人に対しては私はその倍返しをしたいと思う。

響かない人の中にも二通りの人がある。もう少し打ってみるかと思う人と、もう打ちたくないと思う人だ。昔の私は、響かない人とはもう付き合わない、極端な場合はそのことを口に出してしまって人間関係を悪くしてしまうことが間々あった。しかし、年の功というのだろうか、齢70にもなるとどうしようもない人だと思ってもグッと我慢することを覚えた。そして、一呼吸二呼吸置いて、何でもない対応をしようと心掛けるようになった。人間ができるとそれは自然体でできるようになるのだろうが、私にはまだまだだ。頭で考えないとできない。アンガーマネジメントだと思うことで何とかこなしている。

素晴らしいビジネスパーソンばかりだと苦労はしない。そうでないのが世の中だ。いちいち腹を立てていては身が持たない。
喧嘩をしないこと、怒りを抑えることだ。できる人間よりもできた人間になることだ。
「できる」ことは、信頼できる仲間の力を借りてすることでそれは果たすことができる。「できた」人間は自分自身がそうなろうとしないとそうならない。

不動院重陽博愛居士
(俗名 小林 博重)

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