古来、女性は太陽だった。

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6月4日に生前葬&出陣式を行なって間もなく半年になる。第二の生は0歳6カ月というところだ。

この6カ月間、私の周りにいろいろなことがあった。生まれ変わったと思うと何事も新鮮な気持ちで受け止めることができるということがあるのだろう。人生をリセットして、ゼロから考えようと自然体で思うようになる。
人生長く生きると脳みその中にいることいらないことがびっしり詰まっていて、固定観念で身動きができない。この際、詰まっている固定観念を全て吐き出して、脳みそを空っぽにすることが大切だ。第二の生を素晴らしい人生にするためには、そうすることが不可欠ではないだろうか。そんなことを痛感する。

とは言っても、私は生理学的に死んでいない。私の70年の人生という歴史があり、それは私の脳みその中に厳然として残っている。 これからの第二の生は、脳みそを空っぽにして(固定観念をなくして)、人生の歴史(第一の生)から学び生かすことだ。

40代前半に盛和塾と稲盛和夫さんに巡り会って私の人生は180度転回した。それは私の生きるベースになった。
私の人生は青年時代に思い描いていた将来像とは全く相違するものになってしまったが、全く後悔はしていない。私の天から与えられた個性を生かすためにこの大転回があったのだと思う。

45歳から70歳までの四半世紀の七転八倒は幸せな人生を送るためになくてはならない経過だったと心から思っている。それまで巡り会った人たちと同様、いやそれ以上に45歳からの人との出会いは私の人生のコアになっている。

70年の人生を振り返る時、幼少の頃育てられた祖父母をはじめとした肉親、高校・大学時代の友人、社会に出てからの友人、多くの人たちに支えられて生きてきた。何と言っても27歳から連れ添ってきた妻はその筆頭である。

稲盛さんに巡り会って、幸せな人生を送るには「生きる哲学を持つ」ことが不可欠であることを学んだ。そして人の大切さを学んだ。それは愛、広く人間愛ということだ。 そして、その中で、私は女性に支えられて生きてきたことを痛感している。誰よりも、私は女性たちに支えられて生きてきた。

私は、11月8日の満70歳の誕生日に9名の「重陽の会」の女性たちに古稀の祝いをしていただいた。

「重陽の会」の「重陽」とは、「陽が重なる」と書く。陰陽の「陽」は太陽である。
平塚らいてうは「古来、女性は太陽だった」と女性の解放を唱えた。
正に、女性は太陽だ。その女性たちの支えがなければ今の私は存在しないと強く感じている。心からそう思った。
女性は太陽であり、その女性に男性がついていくのが幸せな人生なのだ。
稲盛さんが仰っている「利他の心」「愛と誠と調和の心」は、それは女性らしい「人を思いやる心」なのだと思う。よくよく考えてみると、稲盛さんは「女性の心を持って経営をせよ」と仰っていたのではないか。

生まれ変わった私と同様に、OUEN Japanも生まれ変わった。小林博重=OUEN Japan だ。生まれ変わったOUEN Japan のコアテーマを「女性リーダーの育成」にしよう。お世話になった、これからお世話になる、なり続ける「女性たちへの恩返し」として。

OUEN塾も学生たちだけの応援団ではない。このテーマをコアにして多くのOUEN Companyが集まり、学生たちを応援するオープンイベントにしたいものだ。

さすれば、男性も生きる。社会も元気になる。勿論、日本は元気になる。地方創生、日本創成だ。

まだまだコロナが収まらない。1月中旬が第8波のピークではないかとニュースで言っていた。
こんな状況では、まだまだ本格的なOUEN新年会はできない。さりとて、New OUEN Japanとして、年のはじめの宣言をアピールしたい。景気付けをしたい。

「女性」に光を当てること、女性が社会をリードしていく象徴の新年会を開催したいと思う。

不動院重陽博愛居士
(俗名 小林 博重)

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