OUEN塾とOUEN塾リーダーのこと

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NPO OUEN Japan は、平成26年(2014年)1月に「未来を担う学生たち(日本人大学生および来日留学生)の応援団」として設立した。それから8年半が経った。

OUEN塾は福岡からスタートしたが、「よそ者の私が何で福岡で」と言うこともある。全てはゼロからのスタートだった。
学生たちを集めるために大学にアプローチする。並行して、交流する企業を集めるために企業を訪問する。福岡には月に4泊5日、出張した。交通費と宿泊費は自己負担だ。
縁もゆかりもない福岡だが、OUEN Japan の理事をしていただいている梶山千里さん(当時は福岡女子大学理事長兼学長、元九州大学総長)に九州電力をはじめとする7社会(九電、九電工、西鉄、西部ガス、福銀、西日本シティ銀、JR九州)をご紹介いただいた。東大OBや親しくしていた方々の伝手を頼って企業訪問を重ねた。そんなことを2年以上も続けていれば何とかなるものだ。

石の上にも三年
継続は力なり
雨だれ石を穿つ

今から思えば、よく続けたものだ。当の本人は、その時は思い込んでいることもあり、そんなに悲壮感はなかった。
周りの人たちがいろいろな思いで私に「よくやっているね」と仰る。本人はどうと言うことはない。
そんなことで福岡は私の第二のふるさとになった(第一のふるさとは私が生まれ育った石川県の能登と金沢だ)。

今まで、福岡県でOUEN塾を年に3回開催した。時期は2月の4日間だが、その準備は通年だ。
OUEN塾の学生リーダーを集めて企画することから始まる。
たたき台はこちらがつくるがそれに肉付けしていくのが学生リーダーだ。学生リーダーは1年生から3年生まで、ピークで30名近くになっただろうか。
一回で辞めていく学生もいるが、大学4年間、ずっと頑張ってくれた学生もいる。フォロワーとしてOUEN塾に参加して、次からはリーダーになって頑張ってくれた学生もいる。

一所懸命頑張ったOUEN塾リーダーは、OBOGになってもずっと付き合ってくれている。
就職は福岡だったり首都圏だったり。福岡に出張したら食事をしたり。首都圏に就職したOBは時々事務所に遊びに来てくれる。OUEN望年会にも出席してくれて、受付を手伝ってくれる。温かい人間の付き合いをしている。
孫のような年齢の子どもたちだが、ザックバランで何でも話してくれる。結婚のこと、仕事のこと、いろんな悩みを話してくれる。私がしてあげられることはしてあげたいと思う。

昨日、福岡のOUEN塾OGから、相談があると言って電話をもらった。仕事の相談だ。
21世紀は女性の時代だと言っても、一朝一夕に男女平等というわけにはいかない。男女はそれぞれ違って男女なのだから、全く同じになることが真の男女平等ということではないだろう。金太郎飴は人間味がなくてつまらない人間になるようなものだ。 個性を活かして人は幸せになるのだから、一人一人の個性を大切にすること、男女のそれぞれの特徴・個性を大切にすることだ。
30分ほど話しただろうか。今度福岡に出張したらリアルで会っていろいろ話そうと言って電話を切った。
こんなに頼りにされることで私はOUEN塾をして良かったと思う。コロナが収束したらNEW OUEN塾をスタートしたいと思うが、それまでのOUEN塾をベースにして、アウフヘーベンしたOUEN塾を志向したいと思う。

不動院重陽博愛居士
(俗名 小林 博重)

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