永遠に生きるために、人は人のために生きる。

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真夜中に目覚める。5時間は眠れたか。もう少し眠ろうか。眠れるんじゃないかと思って横になってみるが、雑念・妄念が頭をかすめて目が冴えてきた。こんな状態になれば、起きて着替えて事務所に出かけるのが精神的にもストレスは溜まらない。2時半には事務所のパソコンに向かってこのblogを書いている。

人生は季節の春夏秋冬に擬せられる。私の人生の今は、冬春夏を過ぎ、実りの秋の入り口に突入したところか。
日本は四季にそれぞれの彩りがあって人生を豊かにしてくれる。北極や南極、赤道直下にも四季はあるが、その変化は微々たるもので、そんな人生はつまらない。私は日本に生まれてよかったと心から思う。

幼少のころから漠然と考えていた。命は有限であり、人は必ず死ぬ。私もいつかは死ぬんだと。日々、人の死に出会う。11月にもなると、喪中はがきが届く。いつもはご両親が亡くなったとの喪中はがきだったが、今年は一つならず本人が亡くなったと奥様からのはがきだ。私ももうそんな歳になったのだと感慨深いものがある。

私が中学2年の時、吉田茂元首相の国葬があった。私は「国葬をしてもらえるような人間になりたいものだ」と作文に書いて、先生に驚かれたことがある。しかし、その時に感じていた死はそれほど身近なものではなかった。
やはり死を強く意識したのは、高校3年の時の祖父の死だ。「お国のために勉強せい。東大を目指せ」という、死の1週間前、私に言い残した言葉を忘れることができない。

「人間はいつかは死ぬ。それまでの人生を如何に生きていくか」、祖父の死が、死を自分ごととして考え始めた瞬間ではなかったか。
「死を意識して、より良き生を全うする。そんな人生を送りたい」と。

小中学校で、社会や理科の授業があった。日本や世界の歴史、地球や宇宙の起こり等、基礎的な知識を学んだ。
小学校では冬は石炭で達磨ストーブを焚き、家では石油ストーブを点けていた。
人の命は有限だが、子どもができ孫ができ、人類は永遠に生き続けていく。しかし、石炭や石油のような化石燃料は有限だ。
人類の危機が迫るのは遥か遠い未来ではあるが、いずれ人類は滅ぶ。今は太陽光等の自然エネルギーが喧伝されるが、太陽とても決して永遠に存在する天体ではない。漠然とながらそんな杞憂なことを考えていた。

地球温暖化が叫ばれて久しい。産業革命以降、化石燃料の使用が増え、その結果、大気中の二酸化炭素の濃度も増加している。この二酸化炭素が最も温暖化への影響度が大きいガスだとか。
私たち人類は、自ら破滅の道を突き進んでいるのではないか。そんなことを考えても、私が大して何ができるわけではない。

稲盛和夫さんは、盛和塾で「人は何のために生きるのか」と題した講演で説かれた。

理工系の大学を出て技術屋としてセラミックスの研究開発を行ってきた、合理的で理屈っぽい私は、なかなか因果の法則を信じ切ることができませんでした。そのような時に、天文物理学の先生から宇宙生成の理論を聞きました。

元々は素粒子のかたまりでしかなかった宇宙は、一瞬たりともとどまることなく生成発展を続け、137億年をかけて、ついには我々人類のような高等生物までを生み出してくれた。私はこの宇宙生成の話を聞いて、因果の法則の存在を信じられるようになりました。

しかし、そうは思ってみても、すべてのものを慈しみ、優しく育てていく愛が充満している。また言葉を換えて言いますと、この宇宙にはすべてのものを慈しみ、よい方向へと育てていこうという「宇宙の意志」があると言ってもよいのかもしれません。
森羅万象あらゆるものをよい方向へよい方向へと、幸せに生きていけるようにと推し進めている宇宙のなかに住んでいる我々人間も、この宇宙と同じような善き思いを抱き、実行したときには、必ずその人の運命はよい方向へと変化していくはずです。

そうだ。宇宙には意志があるのだ。その意志を知らずして人間は欲望のままに生きている。そして、いつか人類は、その「宇宙の意志」にしっぺ返しされてしまう。

人類が永遠に生きていくためには、人は人のために生きなければならない。

不動院重陽博愛居士
(俗名 小林 博重)

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