『応援』は黒子

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一昨日の『六旗会』での応援歌「ただひとつ」(東大の校歌に相当する応援歌)のリードをしたせいだろうか。渾身の力で声を出しテクを振ったせいだ。身体の節々が痛い。
6月の出陣式でもエールはしたが、応援歌のテクは何十年振りだろうか。「昔取った杵柄」で、テクは身体に染み込んでいる。声も瞬発だから神宮球場でも通用する。しかし、満70歳を前にしてテクを振ることは2時間の合氣道受講以上に身体に堪えたのだろう。年甲斐もなく気張ったせいだ。 そんなことで、昨日の合氣道受講は欠席してしまった。

『応援』について考察する。
⑴『応援』とはその名の通り、「援(たす)けに応える」ことだ。
人さまが「援け」を求めている時に、それに「応える」ことだ。
⑵甲子園や神宮の応援風景は後世に残す日本文化と言えるのではないか。
リーダーとチアリーダーとブラスバンドの3パートが、一糸乱れず融合して応援する。野球に花を添えている。勿論、主役は野球のプレイヤー。応援団は、脇役(黒子)として輝いている。

加えて、私は『応援』をもう一段も二段もアウフヘーベンしたい。『応援』を日本文化以上に『哲学』にまで高めたい。
それは、『応援』に『利他の心』を付与することだ。

①できることをする(できないことはできない。できることはできる)。
②できることを「すぐ」する。人よりも先にする。
③相手の期待以上のことをする。

「縁を生かす大才」になることだ。袖振り合う縁を、切っても切れない縁にまで高めることだ。

今週、能登に出張した際、どんたくの山口社長に初めてお会いした。これは丸一観光の木下社長のご紹介だった。
そんなことを何人かの人にお話ししたところ、「是非当社も紹介してほしい」と依頼された。私がセッティングしたいと思った会社もある。 とは言っても、初対面であれもこれもと言うのも全てがピンぼけしてしまう。
こんな時は、一点に絞ってお話しすることだ。そして、その目的を終えたら別れ際に、残りの紹介先がつながる仕掛けを考え、さらりと行動に移すことが肝要だ。 ありがたいことに、今はメールやLINEやZOOM等、文明の利器がある。どうにでもなる。

そんなことで、昨日はこの文明の利器をフル活用して、3社を繋いだ。あとはそれぞれが自力で縁を生かすことだ。私はその繋ぎ役で、脇役でしかない。

しかし、縁を繋いでもピンとこない人もいる。阿吽の呼吸が分からない人だ。そんな人とはそれっきりになるだろう。これ以上、お手伝いはしない。 私はお人好しだが、バカがつくほどのお人好しは、古稀になって卒業した。

OUENの会(OUEN望年会やOUEN新年会や重陽の会など)やOUEN塾は、縁をつくるイベントになる。私は袖振り合う縁をつくって差し上げるだけだ。それぞれの人たちが主役になって「袖振り合う縁を生かす」ことだ。あくまでも私は応援団長でしかない。黒子に徹する。

不動院重陽博愛居士
(俗名 小林 博重)

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