『オーナー魂を持つ』ということ

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社会教育家の田中真澄先生は、『オーナー魂を持って生きよ』と仰る。
言わんとされていることは、「人生100年時代だ。サラリーマン人生が60年であれば、残りの人生はサラリーマン根性から脱皮してオーナー魂を持って個人事業主として生きなさい」と言うことだろう。

私は44歳まで銀行員としてサラリーマン人生を送ったが、決してオーナー魂を持って生きていたとは思えない。
間々、思ったように真っ直ぐな道は歩けなかったように思う。ぶつかってぶつかって、思いを曲げることもしながら、偶には忖度もしながらどうにか生きてきた21年間だったように思う。 決して前に立ち塞がる壁を壊すことはできなかったし、そこまでしようとも思わなかった。忸怩たる思いがある。
人と比べればストレスのない銀行員人生を送ったと思うが、それでも少しずつストレスは溜まっていたのだろう。人間としてこれでいいのかと。 サラリーマンとはそんなものだ。

銀行を退職してオーナー企業に勤めたが、4年で退職を余儀なくされた。
その原因は、オーナーサイドとの人間哲学・人生哲学の違いは私サイドの思い。先方からすれば、私に対して、オーナー魂を持つことをせず、サラリーマン根性で経営をする、オーナーとサラリーマンの思いのギャップを強く感じたことがあったのだろう。
何事も、オーナーは自分ごと、サラリーマンは他人事ということだ。サラリーマンは自分の身を守ることだけが自分ごとであり、組織で起こることは究極は他人事になっていることがほんとうのところではないか。その差は天地ほど違う。

55歳で完全独立して一匹狼として生きてきた。しがない一匹狼でもオーナー魂だけは持っている。
お付き合いする人たちは会社のオーナーであったり、サラリーマン経営者や経営幹部であったり、経営層の手前の人たちであったり、はたまた手に職を持つ専門職であったり、それはさまざまだ。 それぞれがさまざまなビジネスシーンに出くわし、降り掛かる案件を決断していく。その時に彼らの寄って立つ魂を垣間見ることができる。 私は、そんな時の決断や思考過程に思いを致し、大小を問わずオーナーとサラリーマンの違いを強く感じてしまうのだ。

サラリーマンであってもオーナー魂を持った人がいる。そのように生きようと必死に頑張っている人がいる。
そんな人を見ると、私はその人をこよなく好きになる。愛おしく思う。きっとそんな人はサラリーマンの世界ではトップに昇り詰めることは稀ではないだろうか。殆どのサラリーマンの思考回路は、会社のことは他人事であり、自分の保身が自分ごとなのだから。 しかし、そうでないサラリーマンは稀にトップに昇り詰める。そんなサラリーマンが少しでも増えることを私は願っている。

やはり、人間的魅力がある人はオーナーだ。仕事の中から人間哲学・人生哲学を確立した哲学経営者だ。
例えば、松下幸之助さん、本田宗一郎さん、稲盛和夫さんなど。サラリーマンではごく少ない。土光敏夫さんくらいか。

私のような凡人はたとえトップになったとしても、決してサラリーマンで哲学を持った経営者にはなることはできないだろう。そのことは自分が一番分かる。
私がサラリーマンを辞めて一匹狼になったのは、結果的に、私に一番相応しい生き方なんだと思う。それが漸く、古稀の歳になって腹にストンと落ちた。一皮剥けたというところか。 もう一皮剥けると、燻し銀の『できた人間』になるのだろう。

サラリーマンは気楽な稼業ではない。サラリーマンで人間としての想いを果たすことができる人は稀だろう。
私は一匹狼、生涯現役で、私の想いを果たしたいと思う。

不動院重陽博愛居士
(俗名 小林 博重)

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