「汝自身を知る」ことの意味

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高校同期会で「小林は何をして生活をしているのかよく分からない。不思議な男だ」と言われた。そのように思っている人たちは多いのだろう。

私が子どもの頃、父に「お前は嘘がつけず、人との駆け引きができない人間のようだから商売人には向かない。公務員が向いている。東大を目指して中央官庁に入ることが相応しい生き方だ」と言われた。

私が中学2年生の時だったか吉田茂元総理の国葬があった。私は国葬になるくらいの功績を残して人生を終わりたいと思ったものだ。高校生になって将来は政治家になりたい、総理大臣になってみせると同期に話したことがある。
その同期はこの前の同期会でも「総理大臣になると言っていたが、今の小林の生き方が一番性に合っている」と言ってくれた。彼はいつもOUEN望年会に参加してくれていて私の活動をよく知っている。それだから、そんな言葉を言ったのだろう。

私は果たしてどんな人間なんだろう、どんな生き方が一番相応しいのだろうと、幼少の頃からそんなことをずっと考えていた。
若い時は、自分の性格は分かってはいると言っても、それに相応しい生き方は暗中模索の中だ。
大学を出て銀行員になったが、この職業がベストと思って入ったわけではない。偶々、安田信託銀行に勤めていらした先輩に大変お世話になっていて、公務員をドロップして、では就職先をどうしようかと考えていた時だった。 直感で、アットホームな社風が私でもやっていけると思ったから、それだけで入社を決めたのがほんとうのところだ。
銀行は、志高いベンチャーの血液になることができると思ったというのは後付けだった。それで21年勤めたのだから、大して人生を考えていたわけではない。

銀行で特に秀でた成績を挙げたわけではない。29才の時、人事部に異動して、採用から人事企画などを経験させてもらったが、これが適職なのかと一瞬思った。しかしずっと人事というわけにはいかない。現場に出て汗水流す経験をしなければ出世の階段を登っていけない。
新宿〜札幌〜本店営業部で営業をさせていただき、事業法人の新規開拓を担当することになった。そこで盛和塾の塾生であるベンチャーの社長に何人かお会いし、稲盛和夫さんに巡り会って、私の人生は変わった。

何のために生きるのか、私が生まれてきたミッションは何か、善く生きるためには人間を深掘りする哲学が不可欠だと教えられた。

士農工商の武士で生きることが人間として最高の生き方であると漠然と思っていたが、そうではない。商人道を極めることが最高の人生を生きることだ、素晴らしい生き方だと思った。

松下幸之助さん、本田宗一郎さん、稲盛和夫さん

商才を待ち合わせていない人間がそのように思って、その道を歩き出した。思いの外いばらの道だが、何とか生きている。
ビジネスはボランティアと通じる。ビジネスにはボランティア精神が不可欠であり、ボランティアはビジネスマインドがないと長続きしない。

私は組織で生きることが相応しいと思っていたが、組織の柵の中で生きることはストレスが溜まって善い生き方はできないと思った。

そして今、一匹狼で生きているが、一匹狼と言っても独りで生きているわけではない。
沢山の人たちに支えられて、私も沢山の人たちを支えて生きている。それは私にしてみれば、緩やかな組織である。温かい組織である。独りのようで独りではない。そして、組織にいる時のようなストレスはない。

人との関係は人によって違えることも学んだ。近くなりたい人、一定の距離を持って付き合う人、あまり付き合うことをよしとしない人、それでもその人とは争うことはしない。

まもなく満70歳だが、やっと古稀になって成人になったのか。あまりにも遅い、極付きの晩生ではある。だから、一旦死んで生まれ変わるのだ。

淡々と熱く生きる。自分のために生きるために、人のために尽くす。矛盾は矛盾ではない。
両極端を併せ持つ生き方が人間として最高の善き生き方なのだと思う。

不動院重陽博愛居士
(俗名 小林 博重)

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