第2の生を生き抜く考え方、生き方

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昨日、高校と大学の1年後輩の圓角健一さんが事務所にいらして、四方山話に花が咲いた。
ちょうどお昼時だったので、私が最近贔屓にしている青山グランドホテル2階のKAWAKAMI-ANで、この前週刊新潮に掲載されていた天麩羅蕎麦を二人とも注文した(新潮の記事は圓角さんが送ってくれて知った。そんなことでKAWAKAMI-ANで天麩羅蕎麦ということになったのだ)。

私は来月で満70歳。圓角さんは1年後輩だから、来年が古来稀なる「古稀」の歳になる。
お互い、いくら若い気持ちと言っても正真正銘のおじいさんであり、体力も少しづつ衰えてきていることは紛れもない事実である。

しかし、考え方や生き方によって、人生は大きく変わってくる。過日も高校の同期会を3年ぶりに開催したが、それぞれの考え方や生き方が違うため、これからの人生への想いに大きな差異があることを感じた。五十路までは殆ど差はなかったのだが、古稀にもなると月とスッポンくらい違ってくる。ハナ肇ではないが「アッと驚く為五郎」だ。

私はなぜ生前葬&出陣式をしたのか。
それは偶々、南麻布の瑞華院了聞で永代使用の権利を買ったことがきっかけだ。

ちょうど数え70歳の古稀を迎えたことを機に、人生をリセットして、新たな第2の人生をスタートさせようと思った。それには古稀という年齢が最後のチャンスなのではないかと思ったのだ。

人生は一度しかない。
誰でも自分の人生の幕引きは考えたくないものだ。しかし必ずその時は来る。逃げていてもしようがない。死神は追いかけてくる。逃げようとしたら、そうはさせるものかと追いかけてくるのだ。

それでは、その逆を行こうじゃないか。こちらから死神に会いに行こうということだ。それが生前葬だ。墓を求めるということだ。

死神に会いに行くと言っても一般に言う自死をするわけではない。私の自死は、元気な今、元気であるからこそ、生前葬で第1の生に別れを告げ、出陣式で第2の生をスタートさせるのだ。これから上り坂の人生を送るということなのだ。

戒名(不動院重陽博愛居士)をいただき、戒名を本名とした。その本名に恥じない生き方をすることが、前向きで幸せな人生を送ることにつながる。

三菱信託銀行のコマーシャルには、中井貴一さんと真田広之さんた柳沢慎吾さんが出ている。50歳を過ぎると父母は認知症になることを考えなければならない。そこで三菱信託銀行ということだ。 また、加藤茶さんもお葬式のコマーシャルに出ている。
いずれも、後顧の憂いなく人生の後半戦を送るため、幸せな人生を全うするためにどうしたらいいのかを考えなさいということなのだろう。

一般的には、後半人生は下り坂。その途中の元気な時に生前葬というのが生前葬を執り行なう趣旨だろう。
私はそれに与したくはない。私の人生はずっと上り坂でありたいものだ。そのための永代使用であり、生前葬であり、極め付きは第2の生の出陣式なのだ。 その上り坂は、体力を考えて、緩やかな坂を上っていくイメージを持ちたい。
垂直登攀の登り坂を登っていくのは第1の生だが、第2の生は緩やかな上り坂がいい。

昨日、妻と三男とでみずほ信託銀行を訪問し、私たち夫婦が旅立った後のことを相談した。

まだ70歳。まだまだ元気で若い。なんでまた、皆んな逃げている死に向かっていくのかと思うかもしれない。
それは、私は人生を前向きに幸せに生きたいからだ。
死を正面から真っ直ぐ見つめ、これから私に何ができるか、私の天から与えられたミッションを如何に果たすかを考えているからだ。

堂々たる人生を生きるために、人生に一区切りをつけるのだ。
そうすれば、心置きなく、第2の生を生きることができるだろう。

不動院重陽博愛居士
(俗名 小林 博重)

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