3年ぶりの高校関東同期会

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昨夕は3年ぶりの金沢大学附属高校22回生の関東同期会だった。裕美ちゃんが経営する西櫻亭が会場だ。
コロナ禍であることもあり、参加者は16名。北九州や岡山、関西からも参加した同期もいた。

金沢大学附属高校は1学年3クラス。私の時代は150名強だったが、今は1クラス40名で1学年120名とこじんまりしている。 卒業生の中でも私たち同期(S.46.3卒)は実に仲がいい。纏まっている。
コロナ禍前には、東京では春秋の2回同期会をしていた。それを見て、関西組も同様に大阪梅田で開催していた。

東京では私が永年幹事をしている。いつも20数名が集まる。関東以外に住む同期の中には、同期会の日に合わせ、東京出張を入れて参加する人もいる。 また、今日は、相模原でゴルフを7名が、武蔵野散策で6名(同期会に参加しなかった人を含む)が、愉しむ企画があるのだとか。

兎に角、同期は顔を合わせて雑談するだけでも楽しい。50年以上前にフラッシュバックする。

70歳にもなると夫婦の形は若い時とは大違いのようだ。子どもたちは手を離れ、夫婦2人だけの生活になり、仕事もリタイアすると、それは仕事をバリバリしていた若夫婦の時とは夫婦の生活スタイルは変わらざるを得ないのだろう(私の場合は、私が好きなことばかりしていて、それがずっと続いているので、夫婦の立ち位置は殆ど変わってはいない。皆んなは「それは奥さんが偉いんだ」と言うが、その通りかもしれない)。

男は料理をすることになったし、料理に凝って料理自慢ができるまでに上達した人もいる。
孫たちの面倒を見ている男もいる。
老いらくの恋(決して不倫ではない)に陥っている人もいる。

皆んな健康には留意している。70歳にもなると、一段と足腰の衰えを感じるのだとか(私も少しは解る)。
皆んな、これからの10年、八十路まで元気に人生を愉しみたいのだと。
健康寿命は男子が70歳、女子が74歳らしいから、80歳まで健康であることはそんなに当たり前のことではないんだろう。

私たちはもうそんな話題で花を咲かす歳になったのだ。

私のように、これからが第二の人生と、生前葬&出陣式をする変わり者はいない。

何事をするにも上り坂より下り坂が難しい。ビジネスも攻めることよりも撤退することが難しいように。
70歳は下り坂の踊り場であり、どうしたら、無事、幸せに下界に降りる(この世からおさらばする)ことができるか、そんなことを考え始める歳なのだろうか。

私はこれからが第二の人生。
50年を”私のミッションを果たす半世紀”にしたいと思う。
思わなければ叶わないのだから、実際のところ、その可能性が微少ではあっても、そう思おうと思う。
そんなことを理解する同期はほぼいない。私の独り言かもしれないが、それが私にとって幸せになるための特効薬なのだ。

今日は赤門鉄声会(東大応援部OB・OG会)のホームカミングディだ。神宮球場で、対立教2回戦を観戦応援する。
コロナで正式な懇親会はないが、それぞれ勝手に懇親会をするだろう。

この3連休は同期会・同窓会の連チャンで、それは楽しい会ではあるが、過去を振り返るのみならず、これからの人生を如何に生きるか、上り坂の人生を考える機会にしたいものだ。

不動院重陽博愛居士
(俗名 小林 博重)

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