「忙中の閑」が心を豊かにする。

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生前葬&出陣式を終えて第二の生をスタートさせてから多忙を極めている。
出陣式では皆さんに、「地域創生、そのために企業と学生支援をする」ことを宣言したのだから、多忙は願ったり叶ったりなのだが、ここのところちょっと心を亡くしているところがある。 「忙しい」とは「心を亡くす」
と書くように、忙しすぎると時には心が殺伐としてくるのだ。
岸田総理は世界を相手にそれは超多忙であるが、まさか心を亡くして日本の舵取りをされていることはないだろう。総理大臣と比較することは僭越の極みと思うが、私なぞの忙しさは大したことはない。 しかし器量を超える多忙は心を亡くすことになるから、自らの器量を考えて自らをコントロールをしなければならないと思う。
「汝自身を知れ」ということだ。

やはり、年中無休は身体に堪える。
稲盛さんはマラソンを100m走のように、90年間を全力疾走された。それは稲盛さんだからこそできたことだ。私は私らしく、トマトはカボチャにはなれないのだから。

ちょっと一休み。と言っても、私の一休みは早朝の静寂(しじま)の時間だ。
20時から2時までなら6時間、3時までなら7時間。睡眠はこんなくらいでちょうどいい。

真夜中から早暁までの静寂が何よりの私の心の安寧になるだろう。
昨日の反省と今日の心得から、これからの人生の生き方に至るまで、自分と静かに向き合う時間を持つことで心は落ち着くのだ。

「忙中閑あり」ここのところ、その閑の時を見失っていたようだ。年中無休は心身によくない。こんなことでは長生きはできない。
真夜中の静寂を大切にしたいものだ。

不動院重陽博愛居士
(俗名 小林 博重)

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