『堂々たる王道人生』を歩いていきたい。

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まだまだ残暑が続いているが、流石に10月の声を聞くと朝は秋らしく湿度も高くない、爽やかな秋晴れが広がっている。
今朝は6時半からウォーキングを開始した。昨朝は靖國神社コースを時計回りの2時間(17千歩)だったが、今朝は皇居一周コースを2時間あまり(18千歩)。動く書斎よろしく様々なことに頭を巡らす。今朝は帰りに別の道を歩いた。ちょっと遠回りだが、それが歩数を稼ぐことにもなり、無理して歩くわけではないのできっと健康にも良いだろう。人生に無駄な道はない。遠回りは人間を強く逞しくする。

サラリーマンは、昔は植木等の歌のような「気楽な稼業」だった面もあったが、今では決してそんなことはない。
一時、「忖度」なる言葉が流行ったが、それは古今東西変わらないサラリーマンの本質のようだ。
だから、それぞれの会社にはその会社独自の「社風」があるのだ。サラリーマンは少なからず、その社風を影に日向に感じながら会社生活を送っている。絶えず上の顔色を見ながら生きている。 一般的に大会社や金融機関が保守的で、ベンチャービジネスは革新的だと思うが一概にそうではない。会社による。トップの器量による。

私は安田信託銀行に21年在籍していたが、野武士的で自由な社風だった。この私も何とかその社風に馴染むことができた。
しかし、金融自由化の波に揉まれ、その社風は段々と普通の金融機関に変質していった。それほど金融自由化、銀行の烏合衆参は社風をじわじわと変えてしまうほどの大嵐だったのだ。
私はある出来事が切っ掛けで若気の至りということもあって44歳6ヶ月で中途退職したが、今となっては人生100年、いや、私の場合は人生120年、結果オーライだったと思う。これからの50年でそのことを自他ともに明らかにしたいと心からそう思っている。

ベンチャーがある商品を私の人脈とキャラクターを活用して広くこの世に拡めたいと思い、ご来社された。
企業がお持ちされる商材・サービスはピンからキリまで、まさに玉石混交だ。
私は昔はダボハゼで「何でもござれ」だったが、間違ったら私の紹介責任にもなる。ババを掴まされて人さまにご迷惑をかけたこともある。 そんなことで少しずつ目も肥えてきた。第二の生は第一の生の失敗を活かして、光るピンを世に広めなければならないと思っている。

そんなことで、あるピンと思われる商材を私の人脈で拡げている。そのアプローチした企業の社員の皆さんの反応がその会社の社風を表していると思うのだ。
ピンときて、そのピンを前向きに捉えてくださる社員もあれば、そんなものこの世に今までなかったのだから手を出すのはちょっと控えるという社員もいる(人類が分かっていることは宇宙の事象のごく一部だけであるのに、エビデンスがなければ先に進めないという。人類は百獣の王ではあるが宇宙のなかで芥子粒のようなものではないか)。
中小企業のオーナー社長は是非チャレンジしたいという方が多いが、課長クラスではその比率は低くなる。保守的で生きるほうが波風が立たなくて安全ということなのだろう。殆どリスクというリスクはないのだが、どんなふうに上申しようかと考えるのだろう。
また、オーナーは自分ごととして考えているが、サラリーマンは自分の会社でも他人事の感覚がある(私は一匹狼で生きているがこれはオーナー感覚、サラリーマンも経験していて、これはそのままサラリーマン。その感覚の違いは大きい)。

また、上り坂の人生と下り坂の人生の違いもあるだろう。オーナーは死ぬまで上り坂であろうし、サラリーマンは50歳過ぎれば下り坂の人生になってしまう人が多いだろう。やむを得ないことかもしれない。

こんなことをウォーキングの動く書斎で考える。

私は一匹狼でこれからの50年を生きていくが、自分を偽ることのない、忖度のない、絶えずチャレンジ精神に溢れた、ピュアな堂々たる王道人生を送りたいものだと思うものだ。

不動院重陽博愛居士
(俗名 小林 博重)

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