清濁飲んでも、決して濁世には染まらない。

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富山での企業訪問を終えて金沢に向かう。グラシアスの齋藤さんは新幹線で東京に帰った。私は定宿のドーミーイン金沢。
今日はゆったりと温泉で疲れを取って、部屋でリラックスすることにする。金沢に来ると、夜は北陸の海の幸を堪能するのだが、明日もあるし、今日はお酒を抜いて一人の金沢の夜を過ごそうと思う。

重陽の会のメンバーである范さんからメールをいただく。范さんは黄さんのビジネスでのお友だちで、「是非、范さんも重陽の会のメンバーに」と黄さんからご推薦をいただいた女性だ。まだお目にかかったことはないが、彼女とはもう何回かのメールをやり取りをしている。いわゆる、メル友だ。その自分に厳しいピュアな生き方に感動する。 「人間如何に生きるか」「人生の目的とは何か」等々、まだお会いしたことのない異性と人生を語り合うとは、私は幸せ者だと思う。

古稀にして、ちょっとだが人生を悟り、自分をゼロにして第二の人生を純粋に生き直す。何と楽しく幸せなことだろう。
青春の時のような心の昂りがあるが、人生70年の年月は謙遜して馬齢とは言うが決して馬齢ではない。
70年の年輪は心に深く襞をつくってくれている。そして、青春時代よりももっと純粋に人生を生きようと思う。絹のハンカチは決して濁世に染まらず、その白は一層透き通る純白になる。

今日は、富山でいいことがあった。金沢でもいいことがあった。明日は私のふるさと能登だ。きっともっといいことがあるだろう。そんな楽しいことを考えながら、ひとり金沢の夜を楽しんでいる。

不動院重陽博愛居士
(俗名 小林 博重)

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