究極の利己を追求して『利他』に辿り着きたい。

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稲盛和夫さんが逝去されてから稲盛さんのことが脳裏から離れない。
私の人生を180度変えて下さった方だから無理もない。

9月のシルバーウィークは2回とも台風の到来でウォーキングもできず、稲盛さんのご本を中心に読書に明け暮れた(今日は久しぶりの秋晴れとかで、皇居一周の2時間ウォーキングを楽しもうと思う。帰りに日本橋丸善に立ち寄り、稲盛さんの『経営12カ条』を買い求めよう)。

稲盛さんのご本、『生き方』『心。』『考え方』を一気通貫に再読した。
何度も何度も読んで稲盛哲学を頭に叩き込む。同じことを繰り返すことで少しずつ血肉になっていくだろう。そして、それを私のビジネス&ボランティアで実行に移すのだ。 勿論、私は稲盛さんではないし、”経営の神様”とも呼ばれた稲盛さんの足元にもたどり着いていないから、真似をすることなど恐れ多いしできもしない。 私の器で稲盛哲学を血肉にして実行していくのだ。そして、私の『応援(OUEN)哲学』を確立していく。あと半世紀と思うがどうなることやら。 前向きに、前のめりになって、仕事(ビジネス&ボランティア)をする。生涯現役で仕事をし続ける。そのため、今まで以上に健康には留意することだ。

稲盛哲学は一言で言えば、『利他の心』だ。「人間として何が正しいのか」を座標軸に、そこから全てを判断することが大切だということ。常に「これでいいのだろうか」と自戒し努力することだ。

思い遣りの心、恕の心を持つこと。人の心を大切にすること。そうすれば、何事も思うようになってくる。人のために尽くすことで人が「あなたのおかげです」と言ってくれることが私の幸せになる。必ず物心両面でお返しが来る。 私が考えるに、利他は究極の利己だ。利他行を行なうことで自分は幸せになる。
人は何のために生きるのか。人は幸せになるために生きている。人のために尽くすことが自分が幸せになることであり、それは究極の利己なのだ。

稲盛さんの『利他の心』の領域には私はまだまだ到達していない。人間は利己的な動物だから、利己を極めることは自然にできる。
だから利己を極めて利他にたどり着くことは、私が無理せず自然にできる行為なのだ。
と、理屈っぽい私はそう考える。

『利他の心』までは千里の道であり辿り着くまでには迂遠ではあるが、私は「利己を極める」ことで少しでも利他に近づきたいと思う。

不動院重陽博愛居士
(俗名 小林 博重)

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