究極の利己は、人のために生きるということだ。

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昨日、東京美装興業の中西知子さんのお取り計らいで、グラシアス齋藤さんを同行して西新宿の同社本社をお訪ねして、営業部の10数人の皆さんに対し「エコモ」のプレゼンをさせていただいた。 同社が管理されている商業施設やオフィスビル等をご紹介いただくことがプレゼンの目的だ。

同社は、毎月1回営業会議を開催されており、その中で30分の時間をいただいたのだ。2時間の営業会議の30分だ。それも中西さんの即座のご判断でその時間をいただいた。 まさに彼女は才色兼備、ソフトな物腰の中にリーダーとしての素質を垣間見た。素晴らしいリーダーの一言に尽きる。

同社との付き合いは、長崎IRアプローチの時、協力会社として加わっていただいたことだった。
このプロジェクトが頓挫したことで、ご縁がなくなってしまっても致し方ないのだが、おっとどっこい、「転んでもただでは起きない」というネバーネバーネバーギブアップの精神で、この「袖振り合うご縁を生かす」柳生家の家訓よろしく、私の人脈を活用して『太いご縁』にしたいと思っている(ちなみに、私からのアプローチで中西さんを『重陽の会』にお誘いし、彼女から快諾のご返事をいただいた。ありがたいことだ)。

グラシアス齋藤さんが簡潔にエコモのプレゼンをしたあと、半数以上の営業パーソンの方々から質問をいただいた。
皆さんから沢山のご質問をいただいたのは、管理されている施設が、「昨今の電気料金がいつピークになるか全く見通せない現状に本当に困っている」ことを、営業の皆さんが肌身で感じていらっしゃるからなのだろう。「エコモ」がその解決の一助になればと思う。

プレゼンまで少し時間があったので、中西さんと雑談をした。私は、その時の中西さんが仰ったことが強く心に残った。それは、
「お取引先のお役に立ち、喜んでいただけることが、会社が目指すところであり、それが太いパイプになれば、それはありがたいことだ」 とさりげなく仰ったことだ。
きれいごとではない彼女の本心からの言葉だったと思う。私はそのように感じた。

どの会社にも社訓はあるだろうが、それが心底、血肉になっているかどうかが成長する会社かどうかのリトマス紙だと私は思う。

社訓がお題目になっている会社は星の数ほどある。経営者や経営幹部が確固とした哲学を持っていて初めて、その社訓は社員の血肉になる。それが会社を成長させる。

そんなことを思って床に就いたせいで、今朝の3時に目覚めた時、枕元のスマホで稲盛和夫さんのYouTubeを見たくなった。
毎日放送で5年前に放映された「ザ・リーダー」のYouTubeは何度も視ているが、中西さんの言葉が頭に残っているので、これはまた新鮮な感覚だった。

稲盛さんの哲学を貫いているものは『利他』の徹底だ。どうしても頭を持ち上げてくる利己を抑え、他を利することがリーダーの条件だと仰る。口先では何でも言える。それを如何に行動に移すことができるかだ。

私はどうしても利己を克服することができないで70年間生きてきたような気がする。盛和塾で利他を説かれても利己から離れることができない自分がいる。

そして、私なりに突き詰めて考えた。
利己から離れることができないのなら致し方ない。それでは、その究極の利己とはどんなものなのだろう。どうしたら私は最高にいい気持ちになることができるのだろうかと。

そして、私独自のOUEN哲学にたどり着いたのだ。
私が一番幸せだと思う時は、それは多くの人たちから「小林さん、ありがとう。小林さんのおかげで幸せな人生を送ることができています」と言ってもらうことなのだ。 「あぁ、これは『利他』と同じではないか。究極の利己は利他に通じているのだ」と思うに至ったのだ。稲盛さんが仰っている『利他』は、私が思う『究極の利己』なんだと。

1ヶ月ほど前もゼオライトの嶋村社長とのお話しで、昨日の中西さんの時と同じような感覚を持った。

生まれ変わって、特にそのように思うのだろうか、感性が敏感になったのだろうか。
私の周りにはそのような『陽のエネルギー』を持った人たち(重陽)が沢山集まってきてくださる。その人たちに愛を拡める(博愛)こと、私の戒名である”重陽博愛”を全うすることが私の第2の生のミッションなのだ。

不動院重陽博愛居士
(俗名 小林 博重)

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