私は「凸凹人間で良かった」と思う。

第二の生を生きるにあたって、私はオールラウンダーでない凸凹人間であって良かったなと思う。稲盛和夫さんのようになりたいと思っても「トマトはトマト、決してメロンにはなれない」のだから、トマトのままでどう生きていくかということだ。

東大に楽々入って、トップクラスで卒業して、会社からMBAにも行かせてもらって、エリート街道まっしぐらだったら、私は人の気持ちの分からない鼻持ちならない人間になっていたのではないかと思う。
凸凹で、凹んでいるところが圧倒的である人間であることを自覚したことから、ごく僅かの凸の部分に磨きをかけようとする。人間は絶対凸のところを持って生まれてくるのだから、その凸のところを磨くのだ。
凹んでいるところが多いと、自分より優れた人に素直に謙(へりくだ)るようになる。謙虚な心になるのだ。そして、凹んだところを穴埋めをしてくれる信頼できる人に深く感謝するようになる。

この「謙虚」と「感謝」はビジネス=ボランティアを成功に導くためには不可欠なことだ。私はこれは絶対的真理であると確信するまでに至った。 なぜかと言えば、そのように思い行動すれば、ビジネス=ボランティアは思いの外、不思議なほど順調に展開していくことを実感するようになったからだ。

「友だちの友だちは皆友だち」というタモリさんの名台詞は、私のビジネス=ボランティアで、素晴らしい人たちとの人脈を拡げていくベースになっている。 「類は友を呼ぶ」ように心をオープンにして、善き心を持った友だちをこちらから求めていくことだ。その相手は老若男女を問わない。
こちらから心を開くことはこちらの弱みを見せることだとか、「我は優秀であり、我が知らないことは恥」と思う東大卒にありがちな全く意味のないプライドは人間の成長を妨げる。 人は皆平等で、私より優秀な人全てから多くを学び取ることだ。その意味で私はほんとに多くの人からいろいろなことを学んでいると 思う。殆どの人が私より優秀なのだから。
しかし、私には決して人には負けないものがあると自負している。それはたった一つでいいのだ。その一つを磨きに磨きをかける。生涯に亙り磨き続けることだ。そうすれば、人間は成長するし、人間ができてくる。

そんなことを日々感じながら生きている。そして、どんどん善き心根の人たちが私の周りに集まってきてくれる。
私の戒名(本名)の「重陽」のように、陽のエネルギーを持った人たちがたくさん集まってきてくれるのだ。
そのことを日々感じている毎日である。

不動院重陽博愛居士
(俗名 小林 博重)