愛を広めていくミッションを持って生きる。

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早いもので生前葬&出陣式(6月4日)から2ヶ月以上が経った。
生前葬で70年の第一の生(1952年〜2022年)を終え、新たに第二の生を生きている。私の想定では、第二の生は2022年〜2072年の50年(半世紀)と考えている。第一の生から数えて120年である。 今まで120年の生を全うした人間は皆無らしいから何と夢物語を語っていると呆れられるが、夢は思わなければ果たすことができない。

勿論、120年生きて、妻子も同様に歳を重ねるとしたら、私の家族はそれは老老もいいところだ。適当なところで旅立つのが人に嫌われない人生とは思うが、生涯現役を貫こうとするならばそんな気合いが肝心だ。 仕事の最中に前のめりになって倒れることが私の人生の終末の理想の姿と思っている。

昨今、生前葬を行なう人は増えてきているらしいが、生前葬に出陣式(第二の生の誕生会)を行なう人は私が最初ではないだろうか。 それは私が考えたというか、成り行きでそうなったのだ。
ちょうど1年前に、個室納骨堂を南麻布の瑞華院・了聞に求めた。
近い将来、祖父・祖母・父が眠っている能登の墓を墓じまいして、了聞が小林家の墓にする予定だ。もう私もそんな歳になったのだ。ちょうど古稀(70歳)がいい区切りの歳だったと思っている。

人生は四季に擬えられる。
私の今の季節は春夏秋冬のいつなんだろうと思うと、既に春夏は過ぎ、今は秋なんだと思う。
秋といえば実りの秋、人生の集大成をする秋、その秋は、「たわわに実る秋」でありたいものだ。そして、そのためにこそ、これからの人生は下り坂でない上り坂の人生でありたいと思う。
そのための区切りが生前葬&出陣式だったのだ(人生の冬は第一の生の誕生から成人の20歳まで。我が人生は如何にあるべきかと暗中模索する20年が人生の冬だ。そして、人生の光明を見出して漸く春が到来する)。 そういう意味で、私のこれから半世紀は集大成の「実りの秋」なのだ。

そして、私の実りの秋は実に多忙だ。想像以上に多忙になってきた。
戒名の『不動院重陽博愛居士』の名の通り、陽のエネルギーを持った人たち(重陽の人たち)が私の周りに集まってきてくださる。そして、その人たちに愛を広(博)めていくのが私の第二の生のミッションなのだ。

昨日は陽のエネルギーを持った人たちが懇親の席をつくってくださった。(株)グラシアスさんだ。松本社長をはじめとした役職員の方々とザックバランな先の展望ある話をした。そして、世の中に愛を広めていこうと話は盛りに盛り上がった。

私の周りに集まってきてくださるOUEN Companyの皆さんは陽のエネルギーを持った人たちだ。その人たち同士を繋ぐ蝶番が私の役目になる。Win Win Win Win Winと Winの輪(環)はどんどん広がっていく。愛が広がっていく。

私は第二の生の本名である戒名の通りの人間でありたいと思う。
いただいた名に恥じることのない第二の生を送りたいと思うものだ。

不動院重陽博愛居士
(俗名 小林 博重)

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