合氣道を続ける。

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大阪出張があり3日ぶりの2時間ウォーキングを愉しんだ。
やはり、一日の始まりは早朝ウォーキングで、今日一日のスケジュールを反芻しながら、たっぷり快い汗を流すことから始まるのがベストだ。

今日のウォーキングは靖國神社コース。これもその日の気分次第。日によっては明治神宮コースが良かったり、皇居一周コースだったり。気分によって自由気ままに自分が決めることができることが幸せだ。 その点、サラリーマンはあまりにも束縛されることが多い。サラリーマンの悲哀はこんなところにもある。

SNS時代である。旧統一教会問題で自民党の先生方は戦々恐々だろう。幹部の先生方の中には、「これからは、適切に対処していきます」と今一ピリッとしない回答をされる人もいれば、「金輪際、このような反社会的団体とは付き合いません」と断定的に話される人もいる。
表現の違いは、かの団体との距離感の違いなんだろう。前者は、それは長い付き合いがあり、選挙の時には大層お世話になっていたのだ。だから、そんな曖昧模糊とした言い方になってしまう。
そんなことを考えるとこんな政治家の先生方に日本を任せざるを得ないのかと情けなくなる。「哲人政治家よ出でよ!」は夢のまた夢ということか。さりとて、自らが打って出るような歳ではないし、その器量もない。
私は、与えられているミッションを果たすことに集中することだ。自らの器量と個性と得手を冷静に客観的に考えて、この70年間に習得した人生哲学をぶらすことなく、私なりの経営哲学を持ってビジネス&ボランティア活動をすることだと思っている。

来週は久しぶりに東京在住の1週間だが、再来週から10月初めまでは週に1〜3泊の出張が続く。今日現在の段階でもビッシリ詰まっている。 こんなことは生前葬&出陣式の前はなかったことだ。生まれ変わったというのは心身だけのことではない。現実のビジネスがそうなのだ。 孔子は「30にして立つ=而立」と言っているが、私は「70にして立つ=古稀にして而立する」心境だ。実にありがたいことだ。

私の歳で、私のような心持ちでビジネス&ボランティアをしている人は稀だろう。この調子で120歳まで、あと半世紀走り通すことができるかもしれない。いや、走り続けよう。そう思わなければそうならない。そのために、一層の健康管理を徹底しようと思う。

昨夕、1ヶ月ぶりに合氣道講習を受けた。毎週金曜日に19時〜21時の2時間、私の事務所から徒歩2分のビルの地下で講習がある。 さほど広い部屋ではないが、先生を含め15人程度の生徒が出席している。段持ちの人や私のような最近の入門者まで千差万別だ。
生徒は若い女性たちが多い。彼女たちはみな昇段試験を受けるらしい。準5級から始まるので、段持ちになるのは何回も昇段試験を受けて合格する必要がある。 彼女たちはほとんどが街ですれ違うOLなんだろうが、何で合氣道に興味を持ち、段持ちになろうと思ったのだろうか。皆んなに聴いてみたい気がする。

私と言えば、相手のことを思い遣ることで、相手の力を活かして倒す(倒すという言葉もよくないのかもしれない。相手と戦わずして、闘いに勝つということなのだ)合氣道の精神が、幸せな人生を生きるにあたり絶対不可欠なものだとおもったがゆえに入門したのだ。昇段したいなど思っていないし、それは全く無理なことだと思っている。 何せ、若い女性たちのように身体が動かないのだから。バランス感覚は昔から良くないが、この歳になってバランス感覚の悪さは増している。致し方ないことだ。 そのことを実地で知ることになるのだ。私はこんなこともできないのかと知るに至る。
このことで人間が謙虚になるのではないかと私は思っている。
皆んなの前で、先生が「小林さん、やってみなさい」と仰る。こんなこともできないのかと思われるのは嫌だなと思うが致し方ない。これも謙虚になるための試験のようなものだと思ってやっているのだ。退塾したら負けと思って続けようと思う。 身体が動かないようになれば止めるしかないが、まだまだ大丈夫だろう。足手まといになっているが皆さんにはお付き合いいただこうと勝手にそう思っている。

不動院重陽博愛居士
(俗名 小林 博重)

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