お盆に考える「これからの人生」

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一般的に、今日(8月13日)から16日までの4日間が旧盆だ。年に一度、ご先祖さまが生きている私たちのところにいらっしゃる。13日がご先祖さまをお迎えする迎え火(盆入り)であり、16日がご先祖さまをお送りする送り火(盆明け)である。お盆はご先祖さまと共に、それぞれの人生の生き方を考える4日間なのだ。

人間には良くも悪くも煩悩がある。煩悩は悪であると考える人がほとんどだが決してそうではない。

煩悩は本能であり、欲求である。人間は「成長したい」という煩悩を持っているから社会は発展してきたのだ。要は、人間の意志により善き煩悩を育て、悪しき煩悩を摘むことをどれだけ真剣に続けていくことができるかということではないか。

決して、悪しき煩悩に振り回されて、本来持っている人間の性善の心を失くしてしまわないことなのだ。

「足るを知ると幸せになれる」と言われる。幸せの最短距離は何だと言ったら、それは「足るを知る」ことなんだと。そのためには悪しき煩悩を摘んで、善き煩悩を育てることなのだ。

今年の2月4日、立春の日に、私はウォーキングをしていて高転びに転び、頭からコンクリートの地面に滑り込んだ。頭皮は裂け髪の毛も纏めて抜け落ちて、血が滴り落ちた。

とんでもない災難にあったのだが、それを瑞華院・了聞の福井住職は、「小林さん、あなたは素晴らしい日に生まれ変わられましたね。立春は24節気の始まりの日であり、この日から一年は始まります。おめでたい日なのです。その日に小林さんは生まれ変わって新しい第二の人生をスタートさせた。おめでたいことではないですか」

そうなのだ。物事は考えようだ。

慶應病院の救急棟で2時間あまり精密検査をして何でもなかったことも幸運だった。そしてその日は一年の始まりの立春だ。輪をかけておめでたい。

身の回りに起こることは何でも善きことだ。たとえ、それが苦であってもその苦は我が身を磨く磨き砂なのだ。人間ができていない愚者の私であるから、初めからそれを善きこととはなかなか思えないが、そのように思おうとすることだ。そのような考え方をし続ければ、それは自然と善きことばかりが身の回りに起こると思うようになるだろう。

私は毎朝、髭を剃るように頭髪を剃っている。これは、日々、前日に伸びた悪しき煩悩を反省を込めて剃る作業だと思っている。そして、善き煩悩を心の中で日々育てて温めていくことだ。

人が幸せな心になるコツは、「人のために生きること」「人がどんなことを考えているか、絶えず考えながら生きること、そして考えるだけではなく、一つでも行動に移すこと」だ。「情けは人のためならず」という諺もある。「因果応報」「善因善果」「悪因悪果」は絶対真実だ。

昨日、プライベートなことで、みずほ信託銀行から提案があった。相続についてのことだ。私はお金に全くご縁がないから私個人のことではない。妻や子どもたちのことだ。

OUEN Japan のリスタートは順調であり、後はこれからの半世紀、私の健康に留意することで、きっとOUEN Japan は順調に成長していくことだろう。しかし、あと半世紀と言っても果たして半世紀健康に生きて仕事をすることができるだろうか。神のみぞ知るところだ。また、妻や子どもたちも同時に歳を重ねるわけだから、彼らもあと半世紀私と付き合ってくれるのは勘弁というだろう。順送りが一番だ。

私は健康で長生きしてミッションを果たしたいと思っているが、もうそろそろと言う時は必ず来る。家族の中では私が一番年長だから、私が先に逝くことが一番幸せなことだ。我儘で120歳まで元気に生きるということは、私の気合だけでいいのかもしれない。

そんなことを考えていた。おかげさまで3人の息子たちは仲がいい。お互いを思い遣る「恕の心」を持っている。私が思う以上にいろいろなことを考えているらしい。目先のことだけではなく、私たち夫婦がこの世をおさらばする時のことまでも。

何も心配する必要はない。私は少し杞憂に考えていたようだ。

人間には代替わりの時が必ずやってくる。その時は次の代に全てを任せよう。

そして、私はできるだけ長く、元気に頑張って、OUEN Japanに専念することとしよう。

不動院重陽博愛居士

(俗名 小林 博重)

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