札幌の思い出

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5ヶ月ぶりの札幌出張だ。宿舎は前回同様、狸小路のドーミーイン。やはり、オンシーズンだけあって宿泊代は前回の倍近くだ。
航空機代と同様だ。需給の関係があり、それは致し方ない。

札幌に住んだのが、銀行の札幌支店で40代前半だったから、もう30年近くになる。早いものだ。
私は転勤地は恵まれていて、地方は20代後半の神戸と40代前半の札幌だ。銀行では1年ごとに自己申告書なるものを会社に提出していて、そこに国内外の拠点の転勤希望先を書くコーナーがある。 国内では札幌、福岡、神戸が上位を占める。首都圏や関西圏の郊外店の希望者は殆どいない。
私は、人事部に7年3ヶ月いたが、全国の拠点は全て臨店と称して訪問し、社員と面談した。
転勤で行ったことのない人気の福岡も一度ならず臨店した(OUEN塾第1号は福岡であり、数年前から月に3〜4日は福岡に出張していた)。私の銀行時代は、”グリコのおまけ”よろしく、仕事をしながら遊んでいた楽しい銀行員生活だった。いわゆる、一粒で2度美味しい生活を送っていたのだ。

札幌では、札幌オリンピックでスケートのジャネットリンが滑った札幌アリーナのある南区真駒内に社宅があり、ここで2年間住んだ。地下鉄南北線で大通から真駒内まで16分だ。自宅から会社まで30分はかからない。自然豊かで住みやすい。当時は、社宅にはクーラーがなかったが、クーラーが欲しいと思う日は一夏に1週間あるかないかだった。今はクーラーが必須だろう。たった30年で地球は温暖化していることが体感できるとは、考えれば恐ろしいことだ。冬ともなれば、社宅にはセントラルヒーティングが完備しており、真冬でもステテコ1枚で過ごすことができる。また、北海道にはジメジメした鬱陶しい梅雨はない。また、杉の木がないので花粉症も発症しない。 金融法人課長をしていたため、全道の金融機関を定期的に訪問した。まさに仕事と遊びが両立した極上の札幌生活だったことを思い出す。 真駒内でマンションを買おうかと思ったこともあったが家庭の事情で買わなかった。買っていれば、銀行を中途退職することもなかったかもしれない。これもタラレバの話だ。
そんなことで、もっと札幌出張をしたいと思うが、遊びが先というわけにはいかない。人脈をつくるための時間は待ち合わせてはいないので、札幌に定期的に出張するためには、一工夫も二工夫もする必要がある。

今回の出張では、ビジネス拡大のヒントをいただいた。何でもゴーというわけにはいかない。上下左右をバランスよく見ながら歩を進めることをしなければならないと思った。いいヒントをいただいたと思う。 そして、私の人脈を如何に活かそうか。一つずつ詰めて、前進しようと思う。

不動院重陽博愛居士
(俗名 小林 博重)

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