与えられたミッションを自覚して、それを果たすことが、 人間の幸せである。

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「袖振り合うも多生の縁」という諺がある。道を行くとき見知らぬ人と袖が触れ合う程度のことも前世からの因縁によるという意味だ。どんな小さなちょっとした人との交渉も偶然ではなく、全て深い宿縁によって起こるのであるという意味である。

また、”縁”に関して、柳生家に以下の家訓がある。

小才は、縁に会って縁に気づかず
中才は、縁に気づいて縁を生かさず
大才は、袖振り合う縁をも生かす

私は人と人のご縁を結ぶことを生業にしている。ビジネスとボランティアは対比されるものではなく、根っこは同根である。2つとも人と人のご縁をつなぐ人間の行為である。 だから”自分だけよかれ”と思う寂しい心根では、そのご縁は一回限りで消えていき、決してサスティナブルなものにはならない。
絶えず相手がどんなことを考えていてどんなことを望んでいるのか、そのお手伝いを私はどれだけすることができるのだろうかと絶えず真剣に考えることで、袖振り合うご縁も太く厚い熱いものになるのだ。

昨日は3件のマッチングに立ち会ったが、いずれも温かい人間関係が構築できるものだった。そして、それはちょっとした1つのことから、どんどん拡がっていくものだ。それはごく自然に拡がっていく。
“自分だけよかれ”の心根を持っていると、その時は得をした気になってもそれは1回切りになってしまい、長い目でみたら何をやっているのか分からないことになってしまう。そんな簡単なことを分からないで生きている人間が如何にたくさんいることか。心したいものだ。

これから朝一の福岡行きのANAに乗る。今日は福岡に泊まり、明日は長崎に向かい、長崎から帰ってくる。先週とは逆コースだ。来週も北九州日帰りがあり、福知山・大阪の関西出張だ。再来週は札幌出張と、ここのところ出張づいている。

皆さん、コロナコロナと感染を心配してくださるが、この2年以上の間、コロナと付き合ってきて、皆さん、その対処の仕方は分かってきたのではないか。世の中、絶対ということはないから、100%感染しないということはないが、その確率をゼロに近づけることはできるはずだ。 これからはwithコロナで生きていかないと幸せな人生は送ることができない。

金沢大学附属高校22回生(昭和46年3月卒)同期会は東京で先行復活させようと思う。10月8日(土)に伊勢丹新宿の西櫻亭で開催する予定だ。 一昨年予定していた50周年も、一年延期した昨年もコロナで開催できなかった。
では55周年まで待つのか。いや、その前に露払いが必要だ。それは関東同期会が請け負おう。
何せ、私のビジネススタイルは露払いがビジネスなのだ。本番はそれぞれの当事者がしっかりとやってもらおう。

人にはそれぞれの役目があって、その役目を果たすためにこの世に生まれてきたのだから。何もトップになることが幸せではない。それぞれに与えられたミッションをしっかり果たすことが幸せということだ。

不動院重陽博愛居士
(俗名 小林 博重)

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