金沢大学附属高校22回生同期会のこと

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今朝も4時に起きて、事務所でメールをチェックして、5時から2時間ウォーキングを楽しんだ(真夏は早朝ウォーキングでないと身体が持たない。日中ウォーキングは健康に悪影響がある)。早朝ウォーキングをしないとストレスが溜まる。これが私の習い性になった。無理はしないでウォーキングを楽しむことだ。

一昨年の土曜日に高校同期宛に「関東同期会開催についてのヒアリング」のメールを発信したところ、6名から「是非やりたい。企画してほしい」「感染が収まっていたら出席したい」という開催前向きの返信をいただいた(1名からは時期尚早のメールもいただいたが)。

勿論、感染次第ではあるが、開催の方向で話を進めないとできることもできなくなる。
5人であってもやろうじゃないか、小さく産んで大きく育てていけばいい。
卒業50周年は一昨年中止を余儀なくされた。昨年に延期したが、それも中止になった。こんなことでは3年後の55周年を待つか。それも果たしてできるだろうか。 これはコロナのせいではない。73歳になって開催する55周年に果たして人数が集まるだろうかと宣う金沢の幹事たちが多いのだとか。

73歳は人生100年時代の今日では、まだまだ働き盛りではないか。悠々自適な隠居生活をしているからそんな情け無いことを言うのだ。 金沢の幹事連中に発破を掛ける意味でも、関東で元気のいいところをみせようじゃないかということだろう。
無理はしないで自然体で集まれるだけ集まってみようということで、私を含め7人の都合のいい10月の土日に開催しようということにした。

青春時代の同期、高校や大学の友人は、その付き合っていた期間は3〜4年と社会人の友人たちと比べ短いのだが、お互いの印象は格別のものがあり、70歳になっても鮮明に若かりし思い出は鮮明に脳裏に浮かんでくる。皆んなの名前もしっかり覚えている。それだけ青春時代は損得抜きの温かい付き合いだったということだろう。

きっと7名からスタートして20名以上は集まるのではないか。その言い出しっぺはいつも私の役目になっている。
人に頼りにされるということは、ほんの小さなことでも生き甲斐になるものだ。全てのことはこの同期会と同じようなものだ。

私はそんな乗りで何事にも取り組んでいる。

不動院重陽博愛居士
(俗名 小林 博重)

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