袖触れ合う縁をも生かす人生でありたい。

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6月24日にニッチの会主催の「隙間商品開発研究会」で講師を務めた。以前はリアルでの開催だったが、コロナ禍になってからはZOOMになったようだ。 勿論、講演後の皆さんとの意見交換はZOOMでも全く支障はないが、私にはどうしてもWEBは限界があると感じざるを得ない。
単なる連絡事項だったり、知った者同士のディスカス問題ないと思うが、初対面の人との交流はそうではない。特に自分が何か拘りがあるということではないと人間性に触れ合うことはなかなか難しいのではないか。

13日(水)に越後札紙(株)の髙野社長が私の事務所を訪ねて来られた。髙野社長はニッチの会の会員であり、私が講師だった講演会に参加されていたお一人だ。

講演会の後、メールをいただいた。そして、同社の営業所が東陽町にあることを同社のホームページで拝見したので、私が返信で「上京のおりにお目にかかりたい」とメールを差し上げたこともあってか、7月半ばに上京するのでお邪魔したいとメールをいただき、ご来社に至ったものだ。

柳生家の家訓に、
小才は、縁に会って縁に気づかず
中才は、縁に気づいて縁を生かさず
大才は、袖触れ合う縁をも生かす
とある。

ZOOMは袖触れ合う縁のようなもの。その縁を生かすかどうか。縁を生かすとは、ビジネスだけではない。
「人生如何に生きるべきか」
人間は、人と人との触れ合いの中から人間をつくっていく。人間を大きくしていく。人間性を豊かにしていく。
やはり、それにはリアルがないと。ZOOMだけでは、それは気の抜けたビールのようなものだ。

髙野さんとは1時間弱に亙り、自己紹介から人生談義に亙る、初対面とは思えない楽しい会話をすることができた。
彼のお父上は石川県津幡のご出身だとか。津幡は加賀に属するが能登との境目の町だ。幼少の頃はお父上の実家に何度も行かれたのだろう。彼にとって石川県は第二のふるさとなのだろう。 お名前の史郎は、四男だから四郎ではなく史郎なんだと。養子で新潟県小千谷市の髙野家に入られ、奥さんの実家の家業をお継ぎになったのだとか。 中小企業でたいへんな時もあったそうだが、ニッチビジネスに特化して今は順調に伸びていらっしゃるらしい。

私も44才で銀行を中途退職して、苦労を買ったようなところがあるが、それだから今の自分があり、同期の中でも一番元気に生きていると自負しているのも、苦労見山のほととぎすだったからだろう。

苦労が人間をつくる。私は、自分から大海に飛び込んだ自分勝手の苦労だったが、今となってみると「苦は磨き砂」であることを実感している。

コロナの第7波が到来している。
12月には何とか収まってOUEN望年会を開催したいものだ。そして、是非、髙野社長にもご出席いただきたいものだ。

袖触れ合う縁をも生かすのが大才だ。私は人生の大才でありたいと思う。

不動院重陽博愛居士
(俗名 小林 博重)

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