人生の後半戦を幸せに生きる。

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いつ頃から自分のことを「お爺さん」と思うようになったのだろうと考える。

⑴孫が産まれたころだろうか。
⑵OUEN塾リーダーに、「団長は私の祖父よりも歳上なんですね」と言われた時だろうか。
⑶65歳になって年金を貰うようになった時だろうか。
⑷生産年齢は15歳から64歳までだとマスコミで喧伝され、私は生産年齢を超えてしまったと感じた時だろうか。
⑸同期会で皆んなが、退職金や年金や孫の話やゴルフの話をするのを聞いた時だろうか。

全て、私は「老人」を意識したことは間違いない。
「高齢者」とか「老人」とかは、その時は人生の後半戦であり、「これからの下り坂の人生を如何に穏やかに生きていくか」と、それが幸せな人生を生きることなのだと、多くの識者は説いている。それは正解には違いない。 人生100年時代、長く生きても120年がせいぜい。生物としての人間は120年生きることが現代医学では最長のようだ。
下り坂の人生を如何に、穏やかに、人さまにご迷惑をかけないで生きていくか、が「できた老人」の生き方なんだろうとは思う。そんな老人ばかりだと世の中は明るくなるに違いない。

しかし、何か面白くない。上り坂の人生を生きて、その頂上に辿り着くことはなくとも、その途上で前向きに倒れ、次の世に旅立つことが老人の最高に幸せな生き方ではないか。人間の生命は有限であるが、人の世は地球がある限り、永遠に続く。頂上に辿り着かないくらいの人類の夢を持つのであれば、それは一人の生命で辿り着くものではない。「心のバトン」を繋ぐことで、その夢は繋がっていく。 そして、私が歩く坂は垂直登攀をしなければならないような「登り坂」ではなく、穏やかで緩やかな「上り坂」だ。
今までは、無理や無駄は嫌というほどしてきたから、これからはできるだけ無理や無駄をしない上り坂の人生を生きていきたいと思う。 上り坂は下り坂より楽に歩いていくことができる。怪我はしない。

そんな人生が私にとって最高の豊かな幸せな人生なのではないかと、70年生きてきてそのように思うようになった。
それは、戒名が本名になって、確信にまで至ったように思う。その意味でも生前葬&出陣式は、これからの後半人生を生きるに当たって、私にとって素晴らしいキックオフになったと思う。 ご出席いただいた皆さんに深く感謝を申し上げたい。

戒名を絶えず意識して生きる。
もう無理や無駄はしない。
人との諍いはしない。
穏やかな心で、人のためを考えて生きていきたい。
チャレンジ精神を持って前向きに楽しく明るく生きていきたい。

十七条の憲法よろしく「和を以って尊しとなす」ことを、正にその通りと実感する。そして、そのことが、周りの皆んなが幸せになることだと心から思う。

そう思って生きる老人が最も幸せな老人ではないだろうか。
私はそのような老人になりたいと切に思う。

不動院重陽博愛居士
(俗名 小林 博重)

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