「手段の目的化」と『目的の手段化』の大違い

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今朝も3時前に目が覚める。そして、何はということなく床の中で20〜30分沈思黙考するのが日課になっている。
そんなことで、いつも3時半には事務所に着いて朝食前の一仕事(?)をする。
6月は夏至の月であり、家を出る時には一日の光明が薄く差し出している。そして、「さぁ、今日もこれから頑張るぞ」と気合いが入る。

中学2年生だったと思うが、戦後日本復興の立役者であった吉田茂元総理が亡くなり、戦後最初の国葬が執り行われた。その時、私も「国葬をしてもらえるような人間になりたいものだ」と作文に書いたことを覚えている。言葉足らずで「私は国葬になりたい」と書いたものだから、先生が授業中にクラスの皆んなのいる中で「小林君は国葬になりたいんだそうです」と笑いながら私を揶揄ったことを覚えている。
そして、高校では代議士、大学では官僚、会社に入っては社長と、「坂の上の雲」ではないが、私は「末は博士か大臣か」という上昇志向の人間だった。しかし、40代前半に稲盛和夫さんの盛和塾に出合い、その考え方は180度ひっくり返った。コペルニクス的展開だ。

盛和塾に入塾して「人は何のために生まれてきたのか」「人の幸せとは何か」を根源的に考えるようになった。44歳6ヶ月での銀行退職の引き金はこんなところにもある。

人は幸せを追求する動物である。幸せな心を感じるのは人間以外にはいないのではないか。「幸せになること」が人生の最終目的ではないだろうか。そのために人間は毎日を一生懸命に生きていく。 そして、私は「応援」と言うキーワードをそのベースにしている。

平成26年にOUEN Japanを設立した。当初は学生たち(大学生や留学生)の応援団になりたい、彼らの応援団長になって、彼らに「ありがとう」と言ってもらいたい。それが私の目的だった。そして、そのことを実現するために、彼らに関わって応援してくださる多くの企業の皆さん(OUEN Company)の応援団長になることも私の目的になった。そして、学生たちとOUEN Companyの皆さんと共に手を合わせ(協働して)、私たちが住み、働き、学ぶ、地域を元気にする「地域創生」が目的になった。
一つの目的が手段化する。そして、その手段を使って新たな目的を果たそうと思う。そしてまた、その目的が手段化して、次の新たな高みに登っていく。そして、人は最終目的である「幸せ」に到達するのだ(勿論、その過程は全て「幸せな心」である)。
「健康」というキーワードも然り。人間にとって健康になることは目的であり、健康であることは「世のため人のために尽くす」ための手段である。健康でなければ人のために尽くすことなどできはしない。

44歳までは上昇志向が強かったが、それはあくまでも「幸せになるための手段」であるはずだ。しかし私は、それが目的化してそこで終わっていたのだ。 それが冬の日本海に揉まれて、地位や名誉には拘らなくなってきた。
私は、「人間としての幸せ」を追求することが最終目的であると確信したからだろう。

そのために、日々努力精進していく。自らの「幸せ」のために。

不動院重陽博愛居士
(俗名 小林 博重)

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