私にとっての「生前葬&出陣式」の意味

私の生前葬&出陣式には安田信託銀行1年後輩の田島さん(松井建設執行役員)にも参列いただいた。
田島さんは学習院育ちの品のある人柄で私とは真逆なのだが、なぜか気が合う。双方が根っこのところで「人間に対する共通の考え方」を持っているからなのだと思う。

田島さんは千葉の八千代台にお住みになっていて、東葉高速線沿線の銀行OB同士の飲み会に参加しているのだとか。生前葬&出陣式での主賓のご挨拶をいただいた井口さんもその仲間だ。 お二人が生前葬&出陣式にご出席いただいたこともあり、6月の飲み会では私の生前葬が話題になり、それが生前葬一般の話にまで拡がったそうだ。

生前葬は人によっていろいろな考え方がある。生前葬は、余命宣告をされた人が、今までお世話になった人たちにお礼を言っておきたいと思い、行なうことが本来だろう。それがマスコミで話題になったことで、私は生前葬のことを知った記憶がある。 それが、まだまだ元気なうちに、同様な趣旨で行なうことで、主に芸能人が行なったことで注目されるようになった。

生前葬が広まらないのは、お金がかかるということもあるが、一番はどれだけご出席していただける人がいるかと言うことだろう。
私のように毎年末にOUEN望年会と称して150〜200名の老若男女に集まっていただくイベントをしている人なら、そんなに気張らなくてもできるだろうが、そうでないとハードルは高いと思う。 それに加えて、生前葬&出陣式を切っ掛けとして、第二の人生、上り坂の後半生を送ろうと思うオーナー社長をはじめとしたチャレンジ精神旺盛な人でなければならないと思う。

そんなことを考えると、人生100年時代の今日、生前葬のメインターゲットは50歳から70歳の元気な壮年や老年になるのだろう。私はメインターゲットの最後の年齢になる。そして、生前葬をして壮年や老年が元気になり、日本を元気にすることができれば、日本は捨てたものではない。

勿論、生きているうちにお世話になった人たちにお礼を述べる本来の生前葬があることはある。

新たな人生のはじまりとして、昨日運転免許を返納した。
2週間後に「運転経歴証明書」を赤坂警察署に取りに行く。
運転免許を取得したのが、20代後半だから40年以上前のことだ。仕事で必要だからと言われて取得したのだが、反射神経に難がある私は30代以降は仕事で運転することもなくなり、プライベートでも全く運転していない。
返納してもどうということはないが、運転免許自主返納記念と称して提出した運転免許証が穴を開けられて手元に戻ってきたのには、少し感慨深いものがあった。第一の人生を終え、第二の人生を始めるのだという感慨だ。

なんだかんだあるが、私の生前葬&出陣式は、私のこれからの後半生の生き方を確固とする有意義なイベントであった。

不動院重陽博愛居士
(俗名 小林 博重)