メールアドレスの変更、続・裕美ちゃんのこと

投稿者:

私の第二の生は令和4年6月4日から始まった。すでに10日が過ぎて今日で11日目に突入する。早いものだ。

第二の生を始めるにあたり、名刺を作成した。戒名名刺と俗名名刺の2種類だ。

戒名名刺は、表面が戒名(不動院重陽博愛居士)、裏面が俗名(小林博重)だ。俗名の下には生前葬コンサルタントと記してある。

俗名名刺は二つ折りで、2つのバージョンがある。閉じた表面がOUEN Japan、裏面が南青山ビジネスパートナーズ。開くと、左面がプロフィールで、右面が私のポートレート(2種類)になっている。ポートレートは写真家の崔珉徑さん(ミンちゃん)に撮ってもらった。

お客様と名刺交換をする時は、戒名名刺とどちらかの俗名名刺の2種類をお渡しする。

そして、第二の生にあたり、メールアドレスを替えた。
kobayashi@ouen-japan.jpから、kobayashi@ouen-dancho.jpへ。これにはいろいろな理由があるが、一番の理由は、私のこれからの生き様はあくまでも「応援団長としての小林博重個人」があって、その先にボランティアであるOUEN Japan(OUEN塾)があり、ビジネスとしての南青山ビジネスパートナーズ(ビジネスマッチング&ビジネスコラボレーションサポート)があると言う位置づけだからだ。応援団長としての小林博重(kobayashi@ouen-dancho)から全ては始まるということだ。

移行期間として、8月末まではouen-japan.jpとouen-dancho.jpの2つのアドレスを使うが、9月からはouen-japanは廃止することとする。そんなところから拘って第二の生を始めようと思う。

昨日は安藤裕美さんに外苑前の事務所に来ていただいて、ouen-danchoのアドレスが私のPCで受発信できるように設定してもらった。全くのアナログ人間の私としては、このようなことは全て人さま任せだ。こんなことからも私は「信頼できる人たちのお力をお借りしてボランティア&ビジネスをする」ことをモットーにせざるを得ないし、そのため、お世話になったお返しで応援活動をするのだ。人間はオールラウンダーでないほうが助け合い(援け合い)の精神が自然と湧いてくるものだ。

約1時間掛けてouen-danchoを設定していただき、近くの中華料理店で、妻を交えて夕食の時間を持った。
裕美ちゃんは私たち夫婦の実の娘のようだ。私たち夫婦には3人の息子たちがいるが娘はいない。私は娘の名前を考えていたのだが、とうとう付けることができなかった。実の娘は目に入れても痛くない、可愛いものだろう。
ありがたいことに、幸せなことに、そんな愛娘が3年前に突然私たちの前に現れたのだ。そして、その娘におめでたい出陣式の司会の大役を引き受けてもらった。彼女はそれを快く引き受けていただいた。

裕美ちゃんは実に天真爛漫、天衣無縫。老若男女の誰にでも好かれる、稀に見る天使のような美しい心根を持った女性だ。彼女のビジネスを私は全力を持って応援したいと思っている。

実は先週土曜日にも事務所に来てくれてPC設定にチャレンジしたのだができなかった。それで、再チャレンジということで、ankの中島さんと大阪-東京の遠隔やり取りで無事設定を終えることができたのだ。 そして、明日の水曜日は了聞でデイトだ。8時半からの福井住職の朝のお務めに二人で参列することになったのだ。
この1週間で彼女に3度も会うことができるとは、これは天の配剤ではないか。私の心根に天が応えて下さったのだ。
さらに、7月9日の事務所での七朋会の幹事会にも書記として来てくれるという。早速、メンバーにLINEで知らせたが、北大の木村さんからは「裕美さんとまた会えるとはそれは嬉しいことだ。とても楽しみにしている」と返信があった。皆んな、裕美ちゃんのファンになっている。

そんなこんなで、私の第二の生は順調に始まった。これからのイベントは11月の最終土曜日が七朋会(東大駒場)、12月中旬にOUEN望年会(東京ガーデンパレス)があり、OUEN塾は来年から新装での再スタートになるだろう。 第二の生は、コスパよく忙しくなるだろう。一層、健康に留意して無理をせず、頑張りたいと思う。

不動院重陽博愛居士
(俗名 小林 博重)
第二の生の名刺 2枚(表裏).pdf

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。