「名こそ惜しけれ」と「ノブレスオブリージュ」

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生前葬で戒名をお授けいただくことで、名前の意味を考えるようになった。名前とは、一人の人間を他と区別する、それだけの意味のように思っていた。
しかし、人の親になった時、じっくり時間をかけて子の名前を考えた。この漢字はどういう意味があるのだろうか。こんな人になってほしいとの想いで、名付けたことを思い出す。

「名は体を表す」と言う。名前がその人の実体を表しているという意味だ。また、その名に恥じない生き方をするという、その人の目指す人間像も表している。

人の名前は、一般的には親が子に付けることが殆どだが、芸能人の場合は、自分が自分自身の芸名を付けるということもあるだろう。 戒名も同様で、一般人は死後に付けられるものだが、今はそうではない。お寺の住職にお願いすれば付けていただけるらしい。
そして、生前葬は生きたまま葬式をあげる儀式だから、その時に戒名を授かることになる。そして、自分の意思を住職に伝えて付けていただくことができる。

私は生前葬とセットに出陣式を行うので、これからの後半生をどのような人間を目指すのか、何をミッションとして生きるのかを戒名に込めたいと思う。瑞華院了聞の福井住職(上人)もそのことをお考えになって時間をかけて私の戒名を付けて下さった。6月4日の生前葬のおり、正式に授けていただくことになる。

NHK大河ドラマで「鎌倉殿の13人」が放映されているが、鎌倉武士を象徴する合言葉として「名こそ惜しけれ」がある。
ご先祖様や自分自身に対して「恥ずかしいのとをするな」「恥を知れ」ということだ。

天は、必ず「その人だけのミッション」を与えて、人をこの世に送り出してくださっている。
しかし、巷では非人間的なことをして、堂々とそれを正当化している権力者がいる。一般人にしてもそのような輩はどこにでもいる。嘆かわしいことだが、これが世の常だろう。

だからこそ、心ある人間は「名こそ惜しけれ」の精神を持って、魑魅魍魎のこの世を生き抜くことが必須なのだ。
自分を律することの美学を土台として、民に模範と なることを義務づけされた武⼠が政権をとったのが鎌倉時代だ。
勤勉、礼節、自律奉公の精神や、お天道さまが見ているという健全な自己抑制の特性は、この鎌倉武士の「名こそ惜しけれ」の精神から来ている。それが日本人全体の精神になっている。 この武士道精神は、フランスの騎士道精神である「ノブレスオブリージュ」と同じだ。

高貴なる精神を持った人間は、その精神に相応しい振る舞いをしなければならない。
それは、すなわち、自らを律して、「世のため人のために尽くすこと」なのだ。

小林 博重

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