俗名「小林博重」と第2の生の戒名について

生前葬を執り行なうにあたり、俗名と戒名について調べた。

俗名

生前に名乗っていた姓名であり、私は「小林博重」である。私がこの世に生まれ落ちて名付けられたものは「博重」だ。

小学校のおり、自分の名前について親がどういう想いで名付けたかを作文に書いたことがある。その時、どういうことを書いたのか全く覚えていない。

第一の生を終え、改めて私の俗名を考えてみる。

「博」

博識、博学、博覧、博覧強記等、「博」は、極めて学問に通じている類稀な人物をイメージする。今の私にはちょっと相応しくない。また、「博」は「広い」とか「想いを世の中に広める」とかいう意味もあるだろう。

どちらかといえば、私の場合は前者ではなく後者が相応しい。

それを70年間でどこまで行なってきて、その実績はといったら、まだまだその入り口にも辿り着いていない。穴があったら入りたい心境だ。

「重」

重要、重大、重篤等、「極めて」という意味がある。「重ねる」「折り重ねる」という言葉は、「コツコツと継続する」、「決して諦めない」という意味もあるだろう。

第二次世界大戦のおり、英国の首相チャーチルは演説で、「ネバーネバーネバーギブアップ」とネバーを3回重ねたが、それが英国民に「この戦争は決してナチスドイツには屈しない」と勇気を与え、決意を固めさせたのだ。私はまだまだそのレベルには達していない。

この70年は、名前負けの70年ではあった。未達も未達、これを第二の生でリベンジしなければならない。

では、その足らずを第二の生の戒名に託し、戒名に恥じない生き方と実績を積んでいきたいと思う。

戒名

私の宗派は真言宗だ。

戒名の構成は、[梵字→院号→道号→戒名→位号]となる。

「梵字」

真言宗の戒名には、大日如来の弟子であるという意味で、戒名の一文字目に大日如来を意味する「アの梵字」が使われる。

「院号」

皇族や貴族、社会的貢献度が高い人に与えられる位だ。

私は恐れ多くも瑞華院・了聞の福井住職(上人)に「不動院」という院号をお願いした。

この「不動院」は、祖父が日露戦争二百三高地での死闘から生き延び祖国日本に帰還できたのは、お不動様にお護りいただいたことによるとの強い想いがあり、能登の長楽寺の山腹にお不動様を建立しようと、先頭に立って実現させたことで、授けていただいたありがたい院号だ。

私も祖父の想いを引き継ぎ、「不動院」を授けていただいて、世のため人のために尽くす人間になりたいとの想いがある。

「道号」

悟りを開いた者に与えられる称号である。現代では、その人の人柄や性格を連想させる部分として解釈される。

「戒名」

一般的に位牌や墓石に刻まれる約10文字を合わせて戒名と呼ぶが、本来の戒名は道号に続く2文字を示す。

「位号」

戒名の最後に付く尊称である。

男性は、大居士→居士→信士。女性は、清大姉→大姉→信女。

6月4日に生前葬にて第二の生の本名である(広い意味)での戒名を授けていただくことになる。

戒名に恥じることのない第二の生を送ることを誓う。

小林 博重