究極の利己主義は「利他の心」に通じる。

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昨日、漸く「出陣式のご挨拶」の原稿が完成した。草稿はGW中に書き上げたので、原稿に至るまで2週間以上かかったことになる。 何度推敲しただろう。毎朝、時には日中に草稿に目を通して気がついたところを追加修正していたから20回以上推敲しただろうか。その度に、必ず修正が入る。 加えて、サポートいただいている方々にも草稿をメールして読んでいただくのだが、ここを修正したほうがいいのではないかとアドバイスをいただくこともある。 いつも修正して完璧と思っているのだが、見直すと必ず「てにをは」から「起承転結」まで修正が入るのだ。まるで私の来し方70年の人生のようだ。 そして漸く、これで完璧というところまで来た。私の行く末の人生もこうありたいものだと思う。

挨拶が原稿のレベルになってホッとしたのか、午後4時に帰宅し、珍しく長風呂に浸かり、スマホで昭和歌謡にたっぷり聴き入った。
私が生まれた昭和20年代後半から昭和60年代前半まで、私の人生の玄冬時代から青春時代前半までの歌謡曲だ。ランダムに流れてくるが、ほとんど覚えている。若い時に流行った歌はよく覚えている。それだけ多情多感だったのだろう。

出陣式の挨拶を考えていて知ったのだが、古代中国の五行思想の「人生の四季」はなかなか奥深いと思う。
それは、人生は春夏秋冬の青い春から始まるのではなく、黒い冬から始まるのだということだ。ついこの前までは当然のことながら、人生・春夏秋冬は「青い春・青春」から始まると思っていたのだ。 自分自身の人生を考えると、五行思想は確かにその通りだと納得する。

この世に生を享けた時は、まだ目が見えずこの世は真っ暗闇だ。それが少しずつ周りが見えてきて、幼稚園〜小中高〜大学と進んで、まだまだ世間のことは分かるところまではいかないのだが、暗中模索の中で朧げながらも光明が見えてくるのだ。 一日の始まりの0時は真夜中で真っ暗。それから、未明〜早暁〜日の出となる。それが人生の玄冬だろう。大学入学までの二十歳前までだ。

大学から社会人へ。社会人前半までが、人生の青春ということか。まだまだ青二才の甘ちゃんだ。人生分かったようで分かっていない。心意気だけで生きている。やはり、人生の辛酸を舐めないと人間は成長しない。甘ちゃんのまま人生を終える人は沢山いるのではないか。
私も会社で順風満帆の人生を送っていたとしたら、きっとずっと甘ちゃんのままの人生であり、この歳にもなると悠々自適な老後を考えるばかりの詰まらない人生を送る羽目に陥っていたのではないかと思うとゾッとする。

そして、45歳からの疾風怒濤・七転八倒の25年の人生の朱夏があって、今の私がいる。
長い人生の内に、いつかは苦労の二文字を経験しないと人間は一人前にはなれないのだろう。
私の場合は、朱夏の25年が私の「生きる哲学(応援哲学)」を確固としたものにしてくれた。
水前寺清子の「涙を抱いた渡り鳥」の「苦労見山の時鳥」だ。苦労を経てこそ、時鳥は本物の時鳥になる。

アッという間の70年だった。昭和歌謡を聴きながら、玄冬〜青春〜朱夏の人生が走馬灯のように頭を駆け巡る。
これからが、私の人生の白秋だ。白秋は第二の生。私はそれを50年と想定しているが、どうなることやら、天のみぞ知ることだ。
せいぜい健康に留意して、世のため人のために尽くす人生を送ろうと思う。それが私の幸せな人生なのだ。私のための人生は、人さまのための人生だ。究極の利己は利他に最も近い。

これからは自分のために生きる人生を送るのだ。「世のため人のため」は「自分のため」なのだから。

小林 博重

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