従心の心をベースに、青春の心意気を持って生きる。

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昨夜は21時に床に就いたのだが、今朝は2時半頃目覚めてから、目が冴えて寝つけない。こんな時は無理に寝ようとせず、事務所に出向いて仕事をするなり本を読むなり、身体に逆らうことなく過ごすに限る。 ということで、3時過ぎに事務所に着き、お茶を淹れてパソコンを立ち上げた。メールのチェックをして、朝の初仕事はこの「OUEN blog」を書くことから始める。

6月4日の生前葬&出陣式では、第二の生の誕生日祝いとしての出陣式で、私はご出席者の方々にご挨拶をする。
生きてきた70年の来し方、これからの半世紀の行く末に想いを致す。
ご挨拶は私にとって、第二の生の「生き方宣言」なのだ。ありがたい機会を与えていただいたと深く感謝するものだ。

論語・為政・第二・四
子曰、吾十有五而志于学。三十而立。四十而不惑。五十而知天命。六十而耳順。七十而従心所欲、不踰矩。

子曰く、吾十有五にして学に志す。三十にして立つ。四十にして惑はず。五十にして天命を知る。六十にして耳順う。七十にして心の欲する所に従へども矩を踰えず。

先生曰く、
私は十五歳で学問に志した。三十歳で自立した。四十歳で惑わなくなった。五十歳で天命を自覚した。六十歳で人の話を素直に聞けるようになった。七十歳で思うままに行動しても行き過ぎることがなくなった。

金沢大学附属高校は私が生徒の頃は1学年150人(3クラス)のこじんまりした高校だ(今は40人クラスで1学年は120人)。夏には全校生徒で校庭でファイヤーストームをしてみんなで旧制寮歌を高歌放吟した。それが原因で、名だたる旧制高校寮歌は私の愛唱歌になった。 そんなことで、同じ応援団でも東京六大学よりも旧七帝大に親近感を覚えるのだ。
北大、東北大、東大、名大、京大、阪大、九大の国立七大学は多かれ少なかれ旧制高校の流れを引き継ぎバンカラの雰囲気がある。東京の第一高校は天下国家を論じるが、京都の第三高校は自由に生きるロマンをこよなく愛する。私はどちらかと言えば、そんな旧制第三高校に憧れた。そして京都大学を目指そうと真剣に考えたこともある(しかし、祖父が亡くなる前に「東大に入ってお国のために尽くせ」との遺言のような一言で東大に進むことになった)。

金大附属高校は、家族的な雰囲気のある高校と言うこともあり、先生方は皆ユニークで個性的な方が多かった。
古文の高瀬先生は、よく中国文学者の吉川幸次郎先生のお話しをされて、論語についても大学受験のためということではなく、その本質を熱く語る方だった。後から考えると、あの授業はまるで大学の教養課程の授業を受けているかのようだった。 その一節が、上記の論語為政篇だ。

高校時代は大学受験の前だから、15歳は学に志す志学の歳というのはその通りと思っていたが、その他の而立、不惑、知命、耳順、従心はあまりピンと来ていなかった。それもそうだ。高校生時代では志学以外は全て遠く行く末の歳だから致し方ない。 しかし、70歳の今となってみると、全ては実感として理解できる。その中でも70歳の「従心」はまさにその通りだと胸にストンと落ちる。年齢は嘘を付かない。

第二の生は、従心の心「心の欲する所に従へども矩を踰えず」(自分がしたいと思うことをやっても人の道を踏み外すことはなくなった)をベースにして、青春の心意気を持って生きていきたいと思う。

小林 博重

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