鬼籍に入られた先輩たち

東京大学応援部は昭和21年の東京六大学野球リーグ戦において東大が慶應と首位を争い、0対1で惜敗したことが切掛けで創設された。

その翌年、当時の南原繁総長が、応援席でTIU(東京帝国大学)の文字が書かれた自作の旗を振って応援した学生たちの代表たちを総長室に呼んで、「大学の復興はスポーツの振興による。応援部が東京大学を復興させよ」との檄を飛ばされた。そうして、東京大学応援部は創設されたのだ。

初代主将は、昭和23年卒のそごうの副社長であった中澤幸夫さんだ。私が20代半ばの安田信託銀行神戸支店勤務のおり、大阪で何度かお目にかかり、往時のお話しをじっくりお聴きしたことを鮮明に覚えている。彼が鬼籍に入られたのはもう20年前のことだろうか。

昨日、鉄声会の運営メンバーのメールで、昭和28年卒の財前文彦さんが5月1日に亡くなられたと奥様から連絡があったことを知った。95歳の天寿を全うされたのだ。 奥様は、島田幹事長に「応援部時代の懐かしい思い出を何度も聞かせてもらいました。本当にお世話になりました」とお話しになったそうだ。 応援部の創設メンバーの大先輩たちでご存命の方々は今はもう半数にも満たない。

この前の総会においても昭和45年卒の成田匡さんが亡くなられたことで皆んなで黙祷をした。成田さんは私より5年先輩だから享年75〜76歳か。

人生100年と言っても、私はそれまであと30年だ。財前さんの95歳は長命と思うがそれでも私はその歳まであと25年。成田さんの歳まではあと5〜6年だ。人生は長いようで短い。済んでしまえばあっという間、これからの行く末もあっという間だろう。 こんな私が120歳まで、あと半世紀の人生と言っている。その両極端がまた、「人生」なのだろう。

これからの一日一日、想いはあっても私に与えられた時間はあまりないと思って生きていくことが大切だ。
生前葬・出陣式は私に改めて人生を考えさせてくれる。
残りの人生はどれだけか知るよしもないが、明るく、楽しく、前のめりの人生を生きていこうと思う。

小林 博重