有意注意の日々を過ごす。

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GWが終わり、日常が戻ってきた。コロナは少し落ち着いてきたが、GWで人流が増加していたことを考えると5月中旬の感染状況が気になるところではある。

2日に日本青年館との打ち合わせを行なった時には、東京都から卓10人のところ8人まで受け入れていいとの指導があったとのことだが、とは言っても6月4日の出陣式は卓7人を目処にお願いしたいとの意向だった。20卓だから140人だ。当初は130人と考えていたから少し余裕が出てきた。5月15日に最終人数を決定しようと思う。

世界的にコロナの感染状況を考えてみると、日本人は相当用心深い民族だと思う。欧米では桁違いの感染状況であるに関わらず、マスクなしで平常の生活に戻っている。お隣の韓国でも同様だ。日本では考えられない。そんなことを考えると、人間は平等ではあるが、民族の特性はそれぞれで、はっきりした有意差があるのだと思わざるを得ない。同じ東アジアの黄色人種でも、日本は韓国や中国とは違うのだ。日本人はいい意味で、世界のリードオフマンとしてのプライドを持って生きるべきだと思う。

ネットでコロナのコーナーを見る。政治家や芸能人など有名人がコロナに感染したとのニュースを見るにつけ、皆さん、感染予防には注意されているのだろうが、ほんのちょっとの油断で感染してしまうのだろうと思う。これは人ごとではない。

そして思うのは、稲盛和夫さんが仰っている「有意注意と無意注意」のことだ。

目的をもって真剣に意識を集中させることを有意注意といいます。

私たちはどんなときでも、どんな環境でも、どんなささいなことであっても気を込めて取り組まなければなりません。最初は非常に難しいことのように見えますが、日頃、意識的にこれを続けていると、この有意注意が習慣になってきます。そうなれば、あらゆる状況下で気を込めて現象を見つめるという基本ができていますから、何か問題が起きても、すぐにその核心をつかみ、解決ができるようになります。ものごとをただ漫然とやるのではなく、私たちは、日常どんなささいなことにでも真剣に注意を向ける習慣を身につけなければなりません。

私もそのことはいつも実感している。私は個人事業主の部類に入るので、私の個人会社やNPOの全ては私独りでしている。勿論、いろいろな人たちにサポートいただいているが、肝心要のことは私が自ら取り組まなければならない。それが今までは意識をせずとも何とかできていた(無意注意)ものが、70歳にもなるとそうではなくなってくる。忘れっぽくなったというわけではない。認知症の入り口に入ったというわけではないだろう。しかし、若い頃とは何か違う気がする。歳を取ったせいと思いたくないが、きっとそのせいなのだろう。

稲盛さんは、有意注意をすることで判断力は高まると仰る。それは年齢の老若に関係ないことだ。しかし、特に70歳にもなると、一層「有意注意」をする必要があると言うことだ。有意注意は判断力を高めることと同時に、コスパを高めてくれるのだ。無駄なことをしなくなるのだ。

これからの第二の生は、絶えず「有意注意」を意識して日々を過ごすことを徹底しなければならない。

小林 博重

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