生前葬・出陣式は「得度式」

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剃髪して2ヶ月以上が経った。2月4日の立春の日に、新宿の公園でウォーキング中に躓いて、頭を5針縫う事故に遭ったことが切掛けだ。

6月4日に生前葬と出陣式を行い戒名を授かる。それは、死して瞬時に生まれ変わる儀式だ。

ちょうどいいタイミングだ。剃髪して人生を出直そう。新たな人生のスタートであり、これからの半世紀は剃髪の姿で通そうと思った。

また、私の剃髪姿は「私に似合う」とか、「顔が穏やかになった」とか、一人ならずの人たちが言ってくださる。

そうかもしれない。水前寺清子は「ボロは着てても心は錦」と歌っているが、それもその通りだが、「まずは形で。中身がそれに続く」こともありだ。

反省の毎日を送りながら、成長していく。「生涯が修行」なのだ。その姿が私にとって剃髪だ。そして、剃髪の姿に恥じない人生を送ること、人間のレベルを上げていくことだ。

そんなことを考えていたら、ネットで「得度式」の記事を見つけた。

福島医大医学部6年の筒井悠巴(ゆうは)さん(23)=福島市在住=は会津美里町の会津薬師寺で得度(とくど)式に臨み、僧侶の資格を得た。卒業後は医師として働くことを目指しており、「僧侶の精神を持って、人に寄り添う医師になりたい」と意欲を語った。

同寺の筒井叡観(えいかん)住職の長男。今までお世話になった人に恩返しするため僧侶の資格を取ろうと考え、3月27日に得度式に臨んだ。式で、法名「悠観(ゆうかん)」を授かった。「(僧侶の資格を得たことで)地元の人の力になれるということを示すことができた」と笑顔で話した。

私にとって、生前葬と出陣式が「得度式」なのだ。

第一の生は、心の貧しいおばあさんと同じだ。ただ素直に生きていることだけが取り柄なだけで、皆さんに可愛がられて70年を過ごした。

おばあさんは私、仏様の化身の牛は、私を導いてくださった先輩・同僚・後輩の心清き皆さん方だ。すなわち、私の第一の生は「牛に引かれて善光寺参り」の人生だったのだ。

しかし、第二の生は、おばあさんも改心したように、「自らの意思を持って、修行の道を歩く」有意の人生を送りたい。

得度式を行った筒井さんは「僧侶の精神を持って、人に寄り添う医師になりたい」と仰っている。

私は、得度式ならぬ生前葬で戒名を授かり、出陣式で戒名と俗名を持って生きていく。

世のため人のために生きる。

第一生でお世話になった多くの人たちのために、そのご恩に報いるために、意を持って生きようと思う。

小林 博重

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