私の存念を出陣式で話そう。

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昨日、OUEN塾OBの江崎卓君が事務所にいらして久しぶりにランチを共にした。私の出陣式での受付のお手伝いにOUEN塾OB・OGのお力をお借りしたいと、その取り纏めをお願いした。 OB・OGは首都圏や福岡・石川に働いているが、首都圏に在住している皆んなに声掛けしていただくことにした。
彼らはコロナ禍で会社の同僚をはじめ社会人との接触がままならない現状であり、この機会に社会人との交流の機会を持つことは意味のあることだろうと思う。

出陣式には130名のご出席者の他、イベントを取り仕切ってくれる了聞やankのスタッフ向けに、最初に私がご挨拶をしなければならないと思う。
私が生まれ変わり、第二の生をスタートさせる宣言のご挨拶だ。皆さんに私の存念をお話しすることは、これからの私の生き方を有言実行として宣言することであり、お聞きになっている皆さんにとっても「生きる」意味について考える何かご参考になれば、それは幸甚なことだと思う。

生まれて、この11月で70年が経つ。人生はあっという間に過ぎていく。
能登で生まれ、金沢で高校時代を過ごし、一端の人間になろうと東京大学に入学した。応援部漬けの大学生活だった。
もっと学問に傾注すれば、また別の人生を送っていただろうが、人は一度切りしか生きることができない。これが私に相応しい生き方なのだ。
銀行には似合わないと思っていた人間が安田信託銀行に入社した。ありがたいことに私の個性をそのまま潰さずに21年間働くことができた。安田信託銀行の大らかさに感謝したい。 しかし、人生80年と思えば45歳はその半ばを過ぎている。一度しかない人生だ。もっと自由奔放に生きてみたい。個性を潰さず生きていきたい。 生簀で大切に育てられていた魚が大海に飛び込んだ。それは私にとって冬の日本海だった。こんなはずではないと何度か後悔をした。

稲盛さんの「6つの精進」の3つめに「毎日の反省」がある。それは「利己の反省及び利己の払拭」である。後悔ではなく反省なのだ。後悔は後退りにしかならないが、反省は前に進む力になる。そして、反省によって利己は利他にアウフヘーベンされる。 悩みながらそんなことを考えて、少しづつ成長してきた。紆余曲折、七転八倒、七転び八起きの半生だったと思う。

甘ちゃんで生簀で大切に育てられた人間が冬の日本海でもがき苦しむ70年だった。しかし、この半生(第一の生)で少しづつ人間ができてきたように思う。成功には程遠いが、その基礎づくりをしてきたのだ。そして、これからの半生(第二の生)で花を開かせる。実りの秋にするのだ。

私の70年の半生は、出世街道を歩きたいと思っていた若い時とは正反対の人生だった。それはいつから替わってしまったのか。

それは私の思考、存念にあったのではないか。
「生きる」とは何か、人間にとって「幸せ」とは何か、私が生まれてきた意味は等々、東大応援部の3Sスピリッツや稲盛哲学を学び、それがベースとして生きようとしたことは、世間でいう「出世街道を歩く」とは次元が違うことなのだ。 私にとって組織での出世は私が目指すところではなかったのだろう。
私の価値観は当初からそのようだった。それが隠れていたのだが、社会人として生きていくうちに顕在化して現在に至っているように思う。
その意味では私は「お坊さん」が一番似合った職業だったのかもしれない。私が目指す生き方は、ボランティアとビジネスを一体化して仕事をすることだ。お布施をビジネスで稼ぐことだ。それが私のお坊さんの生き方なのだ。

その宣言を形にしたものが生前葬であり出陣式なのだ。

6月4日までにもっと突き詰めて考えてみよう。

小林 博重

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