懐かしい若者たち

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生前葬・出陣式にご出席いただきたいと親しい皆さんにお声をかけている。
4月末を締め日にしているが、一斉メールに加えて、電話でのフォローや場合によっては個別メールをお送りしているので、まだ一斉メールをお出しして数日だが出欠の連絡は7〜8割いただいている。 人脈づくりにはこのまめさが何より大切なことであり、それは何より自らが実践して強く実感することである。

了聞の馬形さんは、私とは大学は違うし応援団仲間でもない。
私は大学時代、文京区西片に下宿していた。そのおり文京区春日にあった養老乃瀧という飲み屋で時々出会していた岡山県の鶴山館という学生寮の寮生たちと何故か昵懇になった。彼らとは、今でも長く付き合っている。その一人が馬形さんだ。 そんなご縁もあって、馬形さんは私と同じ安田信託銀行に入社した。それからの付き合いだから、もう半世紀近くになるだろうか。
彼は早稲田マンの代表といっていい。人生劇場の青成瓢吉のような男だ。義理と人情で生きている。私が安田信託銀行で採用担当をしていた時も、リクルーターの兄貴分のボランティアをしてくれた。

彼に担ってもらったミッションはスカッとした早稲田の学生だったが、「友だちの友だちは皆友だち」であるから、早稲田でないピュアな学生たちも連れてきてくれた。ありがたかった。

その学生たちも今では、上は間もなく還暦になろうかという歳になっている。私が彼らに抱いているイメージは20代前半の純真無垢な好青年なのだが、採用から40年は経っている。人は同じように歳を取る。

しかし、昨日、馬形さんが私に繋いでくれた二人は、電話口で話したが、往時のままの爽やか好青年だった。

一人は、私が唯一仲人をした児島哲郎さんだ。早稲田のサッカー部ゴールキーパー。私が本店の課長時代に部下だったこともあり、仲人をさせていただいた。もうお嬢さんが結婚するのだと。
妻に話したところ、「美男美女のお嬢さんだから、引く手あまただったでしょう」と。また、妻に児島さんの話をしたのだが、「児島さんは就活の時、安田信託か社会人(orプロ)でサッカーを続けるか、迷っていたんですよ」と言っていた。妻にはそんな話もしていたのか。懐かしい。
私の生前葬から参加してくれるという。私は安田信託でもっと長く勤めて、彼をサポートするべきだったのだろうが、そうでなくても実力で役員になった。ほんとによかったと思う。

もう一人は鍵山武治さんだ。慶應ボート部。外連味のない、ある意味では世間で言う格好付けの慶應らしくはないが、彼こそがほんとの慶應ボーイだ。ほんとの慶應ボーイはやわではない。 私は彼と会って、30分ほどで「内定」を出したことを思い出す。彼の素直な人柄が魅力的だったのだ。彼も生前葬から来てくれる。ありがたい。

部長でもない人間がとんでもない、「人事権の乱用」と思われるのは当然のことだが、安田信託はこんな私にある程度その権限を任せてくれたのだ。私が信頼していただいていたことなのだろうが、それにしても他社では考えられないことだろう。お殿様の三菱では尚更だろう。 私はそんな銀行に21年間、自由奔放に勤務させていただいた。今考えれば、21年間そのまま育てていただいたことに深く感謝する。「ありがとうございました」

馬形さん、児島さん、鍵山さん。「人生劇場」「唐獅子牡丹」の世界は、これからも私が生きていく世界である。

小林 博重

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