楽しからずや、我が人生!

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ネットで元テレビ朝日アナウンサーの大木優紀さんの記事が載っていた。

〜40代で転職した元アナ・大木優紀「慣れずに落ち込むも2度目の人生は楽しい」〜

テレビ局という華やかな世界を離れ、41歳でベンチャー企業に飛び込んだ大木優紀さん。
「わからないことばかりで苦戦する日々だけど、2種類の人生を楽しめて得した気分」と笑顔で話します。

大木さんは「40歳はただの数字じゃなかった」と言う。

「一昨年、40歳になりました。40なんてただの数字だと言う人もいますが、私はけっこうグッとくるものがあって。アナウンサーとしてもう一歩、どうにか頑張りたいと思っていましたが、年齢を重ねていくうちに、画面に出続けることが難しくなる職業だということも実感していました」

「その翌年、たまたま令和トラベルの篠塚孝哉社長のブログ(note)を読んで、「この会社に入りたい!」と直感で思ったんですよね。絶対に楽しいだろう、って」
「それまでテレ朝に不満があったり辞めたいと思ったりしたことは一度もなかったのですが、2つの仕事を同時進行はできません。選択せざるを得ないと思い、退社を決めました」

Profile  大木優紀さん
1980年東京都生まれ。2003年テレビ朝日アナウンス部に入社。「くりぃむナントカ」「GET SPORTS」「スーパーチャンネル」など報道からバラエティ番組まで幅広く活躍する人気アナウンサーに。2021年12月に同社を退職し、2022年1月、令和トラベルに入社した。2010年に一般男性と結婚し、現在は小学生の長女・長男と4人暮らし。

命は有限であり、決して永遠に生き続けることはできない。
しかし、命が有限だからこそ、人間はより良く生きようと思い、人間的成長をしようと思う。
人によってさまざまだろうが、そのことを強く意識するようになるのが、人間の人生が80年とすれば、若さの峠に差し掛かって、来し方の人生を振り返る40歳くらいなのだろう。

私も、稲盛和夫さんに出会うことで第二の人生を考えるようになったのが、44歳だった。

人間にはミッション(使命)がある。生まれてきた意味がある。私にしかできないことがある。
人間には、「果たしてこのまま続ける人生でいいのだろうか」と来し方と行く末を考える峠があるのだ。
私はそれは45歳だった。45歳は私の人生の春夏の区切りの歳になったのだ。

一生でニ生を生きる。私はその2回目の人生を70歳まで生きた。それが今なのだ。七転八倒の2回目の人生だったが、今これを終わりにして、生きて生まれ変わって、新たな人生を始めようと思う。リセットするから、ゼロからのスタートになる。下駄を履いた第二の生のスタートだ。

やはり、何でもリフレッシュすることで、新たな気持ちで新しいことにチャレンジできる。ダラダラと生き長らえる人生は張り合いがなくて面白くない。余生そのものだ。
リセットして、新たにスタートすることで、素晴らしい人生を送ることができ、その締めも素晴らしいものになるだろう。

70歳からの人生。
古来稀なる第一の生(春夏)を終え、新たに第二の生(秋)が始まるのだ。

季節には春夏秋冬があるが、私の人生に冬はない。冬が来る前に前のめりになって倒れ、次のステージへと旅立つのだ。そして、秋の期間は冬に想定ひしていた期間を含めた50年だ。
ちょっと欲張りだが、人間の良き煩悩を失くしてはいけない。煩悩の塊のまま、第二の生を送りたいと思う。

大木さんの記事から、私の人生を想う。

実に、人生は楽しからずや。

小林 博重

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